実銃について

九四式と十四年式九四式と十四年式

九四式拳銃の背景
 九四式拳銃が採用されたのは皇紀2594年、つまり1934年のことだ。オートピストル発達史において、この時代はどういう時代だったのだろうか。
 オートピストルは、19世紀末に各国で開発が進められ、20世紀に入って急速な発達を始めた。タイミングとしては自動車と同じくらいだといえる。オートピストルの本場ヨーロッパで最初に公用に採用されたのは、ロス・ステアーM1907だとされている。この銃はセミダブルアクションという変わった方式を採用し、マガジンが固定でクリップによって装填するものだった。同時期のモーゼルミリタリー、ルガーも現代の銃とはかなり変わった特徴を持っており、またブローフォワード、オートマチックリボルバーなどの製品も作られ、試行錯誤期だったことがわかる。1910年代になってすぐ、ジョン・ブローニング設計によるコルトガバメントが登場した。この銃は安全性向上のためオートマチックファイアリングピンブロックが追加されたことを除けば基本メカにほとんど変更なく現在も第一線で通用している。これ以後、おおよそどんなオートピストルが望ましいのかが世界的に理解されたと考えられる。
 1920年代には、ダブルカアラムマガジンを備えたブローニングハイパワーの原型が完成し、ダブルアクションのトリガーメカを備えたワルサーPPも登場した。オートピストルが新しい時代を迎えはじめた時期といえる。
 九四式が採用された1934年の前年にはトカレフTT-33が採用され、同年には当時の同盟国イタリアにベレッタM1934が登場した。前者は旧ソ連の、後者はイタリアの、第2次世界大戦における軍用サイドアームとなった。両者とも現在では旧式化しているが、全く時代遅れというほどではない。欠点はあるものの、どちらもシンプルで信頼性、生産性の高いオートピストルだ。一方九四式を見ると、これはとても現在では通用しない。現在通用する、しない以前の問題として、登場時点で大きく世界水準から立ち遅れた、1900年代の試行錯誤期レベルのものというべきだろう。それを象徴的に示しているのはやはりハンマーの頭に設けられたローラーだ。これを見ると、発明された直後の、車輪がギアになっていてラックギアのレールとかみ合う蒸気機関車を連想する。そんな必要はない、とわかる以前のデザインというわけだ。試作段階でこれがあるのはまだしも、粗製濫造されてセーフティの機能も怪しくなった末期でも省略されなかったというのは奇妙としか言いようがない。
 
九四式拳銃の存在意義
九四式は何故必要とされ、開発されたのだろう。すでに十四年式拳銃が採用されていたが、将校、飛行兵など任務によってはこれでは大きすぎ、重すぎ、また高価すぎるとされたからだという。つまり小型化、軽量化、省力化が開発の眼目だったわけだ。小型化、軽量化はいずれも成功している。省力化にも成功していると評価している資料もあるが、筆者は疑問を持っている。確かに軽量化している以上当時貴重だった鉄の使用量は減っているはずだ。しかしパーツ数は逆に増えている。
 九四式を製造することを考えてみよう。スライドを包むフレームのアーチ部分をくりぬくのはかなり面倒な作業だ。さらに、このアーチ部分を避けながら、その真下のフレーム内部を削るのはもっと面倒なはずだ。たいていの銃のフレームの穴はすべて水平方向に開いている。銃を固定して水平に移動させながらドリルで穴を開けていけば合理的に作業ができる。しかし九四式はトリガーバーの軸が垂直なのでもう一回垂直にフレームを固定し直して開けなければならない。トリガーの外部に直接設けられたトリガースプリングは一見合理的で省力化の目的に合致しているように思えるが、フレーム側の受けの穴を開けるのにはどうするのか。普通にフレームを固定してドリルで開けようとしてもトリガーガードが邪魔で開けられない。ボルト内のファイアリングピンが通る穴も後方から開ければ簡単だが、後方はふさがっていて開けられない。これらはまだいいが、フレーム内のロッキングブロックが移動する階段状のスペースはそのまま加工することは不可能で、左右から削ってから鉄板を左右に鎔接してふさいでいる。このように九四式は構造的に極端に作りにくい銃であり、どう考えても加工のしやすさでは十四年式の方が上だと思われる。実際、資料によると九四式の納入価格は十四年式より安いが、その差は1割以下でしかない。本当に省力化といえるのだろうか。余計な話だが、アフガニスタンにはどんな銃でも手作業でコピーを作ってしまうガンスミスがいる地域があるそうだが、そこに九四式を持ちこんだらどうなるだろう。「@*§#%£¢$℃¥♀♂∞!」 とかいってぶち切れるのではないか。
 九四式の設計は旧陸軍の自動火器の大部分を設計したといわれる有名な南部麒次郎によるとされる。断定している資料もあるが、「いわれる」とぼかしてある資料もある。筆者は、ディスコネクターがトリガーに付属している、セーフティの軸がフレームを貫通していない、という非常に珍しい特徴が共通しているので、やはり南部のデザインだと思う。一流の設計者にはこういうものがベストだ、というポリシーがあるものだ。ブローニングならガバメント(大型)、M1910(中型)、コルトポケット(小型)のように、「いいピストルとはこうあるべきだ」という一貫性が見て取れる。これは銃に限ったことではなく、例えば九六式艦上戦闘機、零戦、雷電、烈風を設計した堀越技師でもそうだ。ところが十四年式と九四式は、いずれも軍用の大型、準大型オートピストルという似たような目的、性格のものでありながら、前述の内部的な共通点をのぞき、デザインにまったく一貫性がない。これは設計者としてどうなのか。
 モデルアップしていて思ったのだが、これなら九四式を開発せず、十四年式のバレルを短縮し、グリップを2発分短縮し、各部の肉を九四式並みに思い切って落とせば、全長、重量、価格とも九四式と大差なく、過半数のパーツは共通化でき、小型には大型のマガジンが使え、片方の操作を習得すれば他方の使用は容易、という合理的なものができたのではないか。
 登場時点で激しく時代遅れ、削り出し加工が面倒過ぎ、これなら大型の銃の短縮モデルのほうがましでは、という批判は最近別の銃に関してそっくりの内容を書いた気がするのだが気のせいだろうか。
 1942年には、十四年式、九四式と同じ弾薬を使用し、サイズは九四式に近い二式拳銃が登場している。ケースがテーパーつきでボトルネックタイプの8mm南部弾はストレートブローバックに向かない(ボルトの重量を大きくできるサブマシンガンは別だが)はずだが、二式拳銃はストレートブローバックになっている。二式拳銃は制式採用され、かなり大量に生産、装備されたので、屈強な兵でなければスライドが引けなかったとか、エジェクションポートから高圧ガスが吹き出したとかいうことがあれば話が伝わっているはずで、問題なかったのだろう。二式拳銃はブローニング系の亜流で、外観もメカもまったくおもしろくない。ただ、実用的なことからいえば、最初から九四式をやめて二式拳銃(のようなもの)にしておけばよかった、というのは明らかだろう。
 
九四式の操作性
 あまり指摘されないが、九四式のセーフティ、マガジンキャッチは位置といい操作法といい文句の付けようのないものだ(セーフティの構造的な問題は後述する)。この点では同期デビューのベレッタM1934より明らかに勝っている。グリップは異様な形でとくに手が大きいわけではない筆者でも小指が半分くらいしかかからないが、感じは決して悪くない。ただ、ハンマースプリングをハンマー後方に直接設置したデザインから、ここがふくらんでしまい、結果的に銃の軸線に対してグリップ位置が下になってしまった。これはマズルジャンプを大きくすることにつながり、銃が軽量化したことと合わせ、十四年式より反動が大きくて扱いにくく、命中精度も低い、という評価が下されることとなった。
 コッキングピースは小さく、リコイルスプリングが強い実銃で、手袋をしているとかなり引きにくかったのではないかと思われる。
 サイトは小さすぎて使いにくいが、例えばブローニングM1910よりははるかにましだし、使用目的からしてこれでよかったのではないかと思う。
 全体として、問題はあるものの、そのあまりに異様な外観から想像するほど悪くはない、といったところだろう。

スーサイドガン
 九四式といえば危険極まりない、自殺用、という悪評が必ずついてくる。当時の陸軍の使用法からすればこれでよかったのだ、という擁護論もあるが、それはちょっと苦しいのではないか。トリガーを引かなくても弾が出る、というのはどう考えても欠点であり、そういう構造にすることで何らかのメリット(例えば軽量化、小型化、生産性の向上など)があれば別だが、それは見当たらない。
 ちなみに以前青井邦夫氏が興味深い指摘をされていた。ベレッタM92シリーズのトリガーバーの前部は露出している。ハンマーをコックした状態で、指で強く圧迫しながら前方にスライドさせるとトリガーを引かなくともハンマーが落ちる。実銃で実験してみるわけにはいかないが、これはトリガーを引いたのと同じ状態なので、オートマチックファイアリングピンも解除され、暴発するはずだ。この部分には段差もあるので、ここに何かが引っかかったりぶつかったりして暴発する、という可能性はゼロとはいいきれない。しかし実際それが問題になっておらず、九四式は問題とされたのは事実で、実際上はベレッタのデザインは問題なし、九四式のデザインは問題ありだったのだろう。
 九四式にはセーフティの問題もある。軸がフレームを貫通しておらず、浅くしか入っていないのでガタが出やすい。このガタによってセーフティをかけていても発射する、発射しなくともセーフティを解除したとたん暴発する、という問題が末期に多発したという。これは明らかに構造上の問題だ。問題は軸が浅くしか入っていないだけではない。このセーフティは非常に珍しいことに、単一のパーツで完結している。ガバメントのセーフティも単一ではあるが、クリックのためのスプリングとプランジャーが別にあるのはご存知のとおりだ。九四式のセーフティはそれ自体がバネ性を持ってクリックストップの役割も果たしている。操作時にはセーフティがやや外側にしなるわけだ。このしなりがなければセーフティは固定したまま移動できない。しかし、この外側というのは、まさにレットオフを許す方向なのだ。しなりが少なければ動かすことはできず、しなりすぎたら暴発する。このデザインはあまりに気持ち悪く、根本的に間違ったものだろう。まともなデザインにしておけばいくら粗製濫造しても前述のような問題はそう簡単には起きなかったはずだ。ちなみに筆者の作った製品は素材の制約もあって軸をほぼ貫通させているのでほとんどガタはない。また、9mm機関けん銃のときセーフティをかけたまま強く引いてトリガーを粉砕してしまう人が複数いたので、トリガーバーにピアノ線を鋳込んでセーフティ以上の弾性を持たせ、破損を防いでいる。このため製品では全然問題ないような使用感だが、実銃とは違うということは理解しておいて欲しい。

九四式の威力
 九四式の弾薬は十四年式、百式機関短銃などと共通だ。十四年式以前に使用されていた二十六年式は旧満州で冬季装備をした者に対する効力が小さく、貫通力の向上を意識して開発されたらしい。その威力は「.380ACPと同等で、口径が小さい分マンストッピングパワーはむしろ劣る」というものから、「9mmパラベラムとさほど変わらなかったはず」というものまでいろいろに評価されている。後者の論はちょっと信じられないようなものだが、旧陸軍の弾薬は3箇所にパンチングするという特殊な方法で圧力を高めてあり、戦後に作られたアメリカ製コピーにはそれがないので低威力のように誤解されている、というのだ。これはつまり抜弾抗力を高くすることによってガス圧が高まるまでぐっと抑えることにより高い威力を引き出したというわけで、東京マルイ製電動ガンでホップを強めるとパワーが上がるというのと同じ理屈だ。それはわかるのだが、もし同じ弾、薬莢および火薬とその量でそんなに威力向上ができるなら、みんな真似するのではないか、という疑問がわく。冷静に考えて、「効果はないわけではないが、コストアップに見合うほどではない」といったところではないだろうか。筆者はたぶん.30モーゼル、9mmパラベラム、.45ACPといったところよりははるかに威力が劣ったが、イタリアの使用した.380ACPよりは強力で、現在の9mmマカロフと同程度、軍用として威力不足で失格とされるほどではない、といったところだったのではないかと想像している。

2月24日追加

実銃の部品名

フレーム→ 銃床
バレル→ 銃身
スライド→ 被筒
ボルト→ 円筒(遊底とする資料もあり)
ロッキングブロック→ 閂子
トリガーバー→ 逆鉤
トリガー→ 引鉄(引金とする資料もあり)
ディスコネクター→ 引鉄鉤子
カラー→ 復座ばね受
エジェクター→ 蹴子
ハンマー→ 撃鉄
クロスボルト→ 円筒駐栓(遊底止栓とする資料もあり)
マガジンセーフティ→ 安全子
マガジンキャッチ→ 弾倉止
マガジンキャッチボタン→ 弾倉薀螺
マニュアルセーフティ→ 安全栓
グリップ→ 床把
エキストラクター→ 抽筒子
ファイアリングピン→ 撃茎
リコイルスプリング→ 復座ばね
マガジン→ 弾倉
マガジンフォーロワ→ 受筒板
同ボタン→ 指掛
マガジンボトム→ 弾倉底
マガジン本体→ 弾倉体
トリガーガード→ 用心金
フロントサイト→ 照星
リアサイト→ 照門
カートリッジ→ 実包


※ハンマーに設置されたローラーの名称がどの資料にもなく不明のままです。ご存知の方は教えてください。
※資料として「戦車マガジン」1991年6月号掲載の写真(たぶん当時の教材と思われる、部品を展開して各部品の名称を記入した板に固定したものの写真、および洋書「日本帝国の拳銃」掲載の断面図イラスト(初期のマニュアルからの引用とされている)を使用しました。

2005年11月1日追加
 ここをご覧の方から教えていただきました。ハンマーに設置されたローラーの名称は「滑輪」と言うそうです。

http://www.jacar.go.jp/index.html

 これは「国立公文書館 アジア歴史資料センター」のサイトです。左上の「資料の閲覧」というところをクリックし、次のページの規則を読んで「遵守する」をクリックし、次のページの「キーワード検索」をクリックして「九四式拳銃取扱法案」で検索して検索結果としてでてきたものをクリックすると資料が見られます。10ページなどに「滑輪」という名称があります。



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