マズルをめぐる弾道学
「Visier」内の「スイス銃器マガジン」ページには、以前から弾道学に関する連載記事があります。これまで訳してきませんでしたが、2005年4月号にはマズルの重要性に関する内容があり、面白そうなので読んでみました。
弾丸の退出(Der Geschoss−Abgang)
内部および外部弾道学の間に、マズルにおける経過を描写する退出弾道学がある。このマズル退出の短い瞬間は、銃の命中精度に決定的影響力を持ち、(巧みに使った場合)銃器製造における新しい道を切り開く力を生み出す。
頑住吉注:弾道学には大きく分けてバレル内部における弾道を扱う内部弾道学(Innenballistik)と、発射以後命中までの弾道を扱う外部弾道学(Aussenballistik)と、命中後を扱うターゲット内弾道学(Zielballistik)があります。ちなみにDr.Beat
Kneubuehlが論じたのは主にターゲット内弾道学です。で、ここで論じられているのは内部弾道学と外部弾道学の間に存在するという「Abgang」弾道学です。この単語には「退出」、「出発」、「排出」などの意味がありますが、どうもどれもぴったりこず、だからといって「発射」としてしまうと意味がずれる気がします。しかたがないのでやや違和感がありますが、ここでは「退出」とさせていただきます。
弾丸はバレル内を自分で進むわけではなく、火薬ガスの圧力で推され続けるのである。平滑な地面の上におけるリアエンジン車のように、弾丸の尾部は先端を傾ける傾向を持つ。だから、弾丸の軸線がバレルの軸線と一致していないと、弾丸の動く方向を決定づけてしまう(弾丸が薬莢内に斜めにセットされていると、初めからバレルの軸線からも弾丸の動く方向からも逸脱していることになる)。このため弾丸は単純にその軸を中心に回転しているわけではなく、複雑なジャイロスコープ運動をしている。それが取り除かれて沈静化するのは銃口からはるか後になって初めてのことである(頑住吉注:いわゆる弾丸のミソスリ運動のことで、フルメタルジャケットライフル弾の場合これが沈静化した後、つまり少し距離が離れた方がかえって貫通力が高くなるという現象が起きるわけです)。
弾丸がマズルから出るとき、スパークリングワインのコルクを抜くときと同じようなことが起きる。すなわち、高い圧力下にあるガスは強力に加速されており、マズルから勢いよく吹き出す。これは非常に速いため、今やバレルに誘導されず飛んでいる弾丸を後ろから包んで流れる(図1)。弾丸の不安定な回転運動は、この後ろからの「包む流れ」によってさらに悪化させられる。弾丸がその弾道から「吹き飛ばされる」ことすらありうるのである。
このマズル退出後の弾丸を「包む流れ」の命中精度を低下させる影響は、銃口における圧力に応じてますます強まる。銃口における圧力は一方では最大圧力および圧力の推移(上昇・下降)によって決まるが、特に銃身長にも依存している。図2は.223レミントン弾薬、銃身長300mmの場合の銃口における圧力は、560mmの場合の倍高いということを模範的に示したものである。さらなる典型的な値は表で示した。
弾丸ルート(mm) | 50 | 100 | 150 | 200 | 250 | 300 | 350 | 400 | 450 | 500 | 550 | 600 |
圧力(bar) | 3300 | 2700 | 2100 | 1700 | 1250 | 1000 | 800 | 750 | 700 | 600 | 500 | 450 |
(頑住吉注:図2は元の記事ではグラフなんですけど面倒なんで表に換えました。表を読み取ったものですから数値はおおよそです。弾丸ルートゼロから圧力は爆発的に上昇し、40mmくらいのところで最大圧力の約3400バールに達し、その後比較的急速に圧が下がってから徐々に下がり方がゆるやかになっていくという流れです。もちろんこれはバレルのタイトさなど諸条件によってある程度変わるはずです。)
弾薬 | 弾丸が進んだ距離(mm) | 銃口における圧力(bar) |
.45ACP 14.95g | 110 | 100 |
9mmPara 8.0g | 110 | 180 |
.44Rem Mag 15.55g | 150 | 540 |
.223Rem 3.6g | 470 | 600 |
.44Rem Mag 15.55g | 490 | 140 |
.308Win 10.9g | 570 | 490 |
(頑住吉注:こちらが「表」です。何を言わんとしているのかいまいちわかりにくいですが、
●.45ACPと9mmパラでは銃身長が同じでも銃口におけるガス圧は後者の方が1.8倍も高い
●.44マグを銃身長150mmの銃で撃つと、銃口におけるガス圧は.308バトルライフル以上、.223アサルトライフル並みになり、490mmというハンドガンではありえない長さにしてもまだ.45ACPより高い
●.223アサルトライフルの銃口における圧力は軍用オートピストルの数倍ある
といったことは分かりますね。)
ガスによる退出時の妨害とならんで、さらにマズルの振動が重要性を持つ。振動は弾丸にバレル軸線から逸脱する退出方向を与える。この退出ミスは銃の命中精度にとって決定的である。つまり、総合的に言ってある銃の弾丸がどこへ飛び、どれだけの命中精度になるかはマズルで決まるのである。
射手にとってマズル退出はまず第一に騒音に関して意味を持つ。図1は流出するガスの方向だけでなく、結果として生じるDruckstoss(頑住吉注:辞書に載っていませんが「圧力波」だろうと思います。図1の赤線で表現したものです)の成長をも示している。これはマズルにおける圧力が高いほどますます強くなる。そしてこれが耳に当たると騒音として認知される(もしくは痛みとしてさえ)。つまり、マズルにおける圧力が高いほどその銃はうるさくなる。
最後にまだ言及すべきこととして残るのは、出て行くガスが非常に高温であることと、マズル以後の酸素が多い環境内で明るく燃えることである。これはたいていの射手にとっては邪魔にならないが、戦術的使用者にとってはことが露呈するようなこのマズルフラッシュ(頑住吉注:ドイツ語を直訳するならマズルファイア)は致命的でありうる。
マズルの最適化
マズルにおける弾丸退出の最適化には、第一にマズル振動の抑制が重要である。これはその担う質量(バレル重量)の増加と堅固なバレル(短い、太い、フルートつきの)の両方または片方によって達成される。第2にガスをできるだけ均一に、そして渦なしに出て行かせることを試みねばならない。これは完璧に対称形なマズルによって実現する。このため射手はクリーニングの際バレルを傷つけてはいけない。
しかしガスを弾丸から離し、弾丸を「包む流れ」を妨げることをも試みることができる。ここではある都合の良い相互作用があてはまる。反動の強い銃を撃ちやすくするため、機転のきく設計者はマズルにおける圧力を利用するという着想を持った。このため彼らはマズルの前方に反射板を設置した。出て行くガスが船の帆のようにここに吹きつけ、この結果銃を前に引っぱる(図3。銃にかかる力は緑で図示)。
これは「マズルブレーキ」と呼ばれ、これだけのおかげで人間が.50BMGのような弾薬仕様のライフルをそもそも撃つことが可能になるのである(頑住吉注:第一次大戦時のモーゼル対戦車ライフルは.50BMGアンチマテリアルライフルと同等の威力を持ち、マズルブレーキがありませんでしたが、屈強な兵でなくては撃てず、それでも非常に苦痛だったようです)。同時にこの反射板は当然ガスを弾丸から離す。これにより弾丸を「包む流れ」は減り、このため命中精度は改善される。しかし注意せよ。不注意に作られた、あるいはマウントされたマズルブレーキは渦を強化し、命中精度を悪化させる!
マズルブレーキはしばしばフラッシュサプレッサーと混同される。フラッシュサプレッサーはマズル領域の複数の穴あるいはスリットからなり、増加された酸素供給によってマズル前方のガスの完全燃焼を可能にし、これによりマズルフラッシュを減らす。マズルブレーキとは違ってフラッシュサプレッサーはガスのUターンを起こさず、このため反動を減らすこともできない。
なお、マズル領域の開口が上だけにあるときは特別なケースとして反動の減少が実現する。すなわち、ある種のロケット効果により、非対称に出て行くガスがマズルを下に圧し、銃のマズルジャンプを抑える。この効果は「ported
barrel」(バレル上部の穴。銃にかかる力は図4において緑で図示)、あるいは非対称の開口を持つフラッシュサプレッサー(例えばストゥルムゲベール90の場合 頑住吉注:SG550のスイス軍制式名称)によって達成される。
こうすれば銃のマズルジャンプは小さくなるが、結果的に弾丸退出における銃のリアクションは直線的になり、射手の肩および手へのリコイルショックは大きくなる。
マズルの振動、ガスの流出、マズルフラッシュは比較的簡単な手段によってコントロールできる。ずっと術策を要するのは、射手およびその周囲の人々に特別に危険な(耳の損傷!)発射音の抑制である。このためいわゆる「サウンドサプレッサー」(頑住吉注:「Schalldampfer」。2つ目の「a」はウムラウト。通常は「サイレンサー」と訳してしまうんですが、意味からするとこっちに近いです)がマズルの前にセットされる。この中でガスは強い渦巻きを強いられる(図5)。
この渦の中のガスは内部における摩擦によってそのエネルギーの大部分を失い、低下した圧をもってサウンドサプレッサーを去る。そしてこれにより騒音が減るのである。このポピュラーに「サウンドサプレッサー」と呼ばれる装置は本来「マズル音抑制器」(頑住吉注:「Mundungsknalldampfer」。最初の「u」と2つ目の「a」はウムラウト)を意味する。というのは、これは射撃の際の全ての音源のうち、マズル音しか抑制しないからである。すなわち自動銃の機械的騒音も、高速で飛ぶ弾丸の超音速音も、ターゲットへの着弾音も抑制しない。そのかわりサウンドサプレッサーはマズル音を抑制するだけでなく、同時に命中精度を高めるバレルウェイト(頑住吉注:直訳すればマズルウェイト)、非常に効果的なマズルブレーキ、完璧なフラッシュサプレッサーでもある。だからアサルトライフルに装着したサウンドサプレッサーは(図6。 頑住吉注:「スイス銃器マガジン」らしくSG552の写真が使われています)、ますます軍用のスタンダードになっている。サウンドサプレッサーは射手を視覚的、音響学的に隠蔽し、暗視器具使用時には50年来必須である。ただしこの長所を提供するのは高品質の、きれいにマウントされたサウンドサプレッサーだけである。というのは、劣った設計の場合、サウンドサプレッサーは銃の命中精度を使用不能なまでに低下させるからである。そしてその軸線がバレル軸線と整列していないときは、最初の射撃がまた最後の射撃にもなる…。
要約
「バレルが撃ち、マズルが命中させる」。振動するマズルは命中点を決定づけ、程度の差はあれコントロールされたガス流出は散布に決定的に影響する。設計者はマズルの振動をできるだけ堅固なバレルとバレル重量によって抑制する。ガス流出は巧みな内部弾道学的設計によって、あるいは高度に対称形のマズルまたは適したマズルアタッチメントのような構造上の措置によってコントロールできる。マズルアタッチメントは第1、あるいは第2には発射音やマズルフラッシュのような不快な副次効果の抑制にも役立つ。
グラフや表もあるのでかなり高度で難解な内容かと思いましたが、ごく基本的で平易な内容でした。しかしお恥ずかしい話ですがこんな基本的な内容の中にも知らないことが多かったです。。
ライフリングがある銃の場合、弾丸の軸線が正確に出ることが命中精度を高めるために非常に重要のようです。ここでは触れられていませんが、これまで何度か触れたようにバレル内部で誘導される前後長が長い弾丸の方が命中精度上有利であるというのもこのためでしょう。
重い弾丸は軽く高速なガスに押されることによってバレル内で加速を強いられます。バレル内では基本的に弾丸がバレル内を閉塞しているためガスのほとんどは弾丸を追い越すことができませんが、マズルを出るとガスは弾丸よりずっと速い速度で吹き出、シャンパンのコルクが泡立ったシャンパンで煽られるように後方から煽られます。この時はすでに弾丸は銃身によって方向性を規定されておらず、重心より後方を煽られるので弾丸の先端が進行方向からそれやすく、結果的に命中精度が悪化しやすいわけです。
弾丸を煽るガスの圧力が低いほどこの悪影響は小さくて済みます。このためには銃身が長いほどよく、理屈上は火薬の燃焼によって生じるガスの体積と銃身内部の容積が同じになる銃身長にすればこの悪影響はゼロになり、ついでに「マズル音」もなくなるはずですが、異常な長さの銃身が必要になり、またガス圧が一定以上に低下した後はバレル内と弾丸の摩擦によって大きくパワーダウンしてしまうので現実的ではありません。それでもこの意味では銃身が長い方が有利であると言えます。
また、ガスが均等な力で弾丸を煽る方が悪影響は小さくなるので、、マズルのきれいな仕上げが命中精度を高める上で重要になり、またクリーニング時に傷つけないよう細心の注意を払う必要があるわけです。
次に発射時のマズルの振動も命中精度に悪影響を与えます。ここでは触れられていませんが、フローティングバレルが命中精度上有利なのはこれに関係しているはずです。困ったことに、この意味では銃身が長い方が振動が大きくなりやすいわけです。過去実際に実験してエアソフトガンでもあまり長くないバレルの方が命中精度が高いという結果が出たことがありますし、実銃でも場合によっては同様の結果になることがあるというのは1つにはこのせいでしょう。高い命中精度を追求するライフルの場合別の理由から銃身をあまり短くするわけにはいかないので、振動を抑えるため銃身を肉厚にしたブルバレルが使われますが、フルートに放熱性を高めるという意図のほか振動しにくくするという意図があるというのは知りませんでした。ちなみに肉の薄いロングバレルは振動による悪影響が出やすいことになり、ドラグノフの命中精度があまりよくないらしい理由の1つはこれだろうと思います。
マズルブレーキに弾丸を「包む流れ」を減らして命中精度を向上する効果があるというのも知りませんでした。この意味ではPSSの「実銃について」で触れたオバーステン・フンベルトのバレル内消音システムや、「Dick
Acousの新型サイレンサー」が完璧に機能すればそれ以上の効果が得られるはずですが、前者はトラップドアによるマズル直前内部の非対称、後者はゴム膜を押しのけるときの抵抗で別の悪影響がありそうなので総合的に有利かどうかは分かりません。
弾丸がマズルから出る前に開口部を設け、酸素を供給してやるとガスが完全燃焼してマズルフラッシュが減るというフラッシュハイダーの原理も全然知りませんでした。なお、ここでは触れられていませんが、図4でガスポートの存在によってマズルから出るガスが不均等になることが分かり、これによって命中精度にやや悪影響があると言われています。
サイレンサーにマズルブレーキの機能もあるというのは意識したことがありませんでしたが、考えてみればそうですわな。そして通常サイレンサーは命中精度上不利であることが多いとされますが、理屈上はバレル重量増加、「包む流れ」の減少という有利な点もあるわけです。実際「ワルサーP22サイレンサーモデル」の項目で同一条件でサイレンサーあり、なしのグルーピングを比較したデータの中には、ありのほうが良いケースも例外とは言えないパーセンテージで存在し、また「ステアー『タクティカルエリートSD』と『M9A1SD』」の項目でもタクティカルエリートSDのグルーピングはサイレンサーを装着した方がよく、その理由は「これはサイレンサー取りつけによってバレル重量が増加したことと、マズル前方のガスの渦がメガホン状の仕切り板によって沈静化されたことによる」と説明されています。
この筆者の文章は私にも非常に分かりやすいので過去の内容も含めて興味深そうな内容は読んでみたいんですが、いかんせん時間が足りないです。