中国海軍の新兵器、新戦法関連2題 その2

 まず極超音速兵器関連です。

http://military.china.com/important/11132797/20150724/20070580.html


ロシア:中国のWU-14研究開発の基礎は何とソ連のX-90だ!

(頑住吉注:原ページのここにある画像のキャプションです。「極超音速武器はあるいはこれまでの攻防思想を覆すか」 なおこの記事のキャプションは全てこれと同じです。)

参考情報ネット7月24日の報道 「ロシア報」ウェブサイトは7月23日に「共に極超音速に用いる」という題の文章を発表した。作者はセルゲイ プジチキンである。以下のように編集翻訳する。

メディアの報道によれば、ロシアは積極的に速度がマッハ5にさえ達し得る飛行体を研究開発しつつある。

インターファックス通信社軍事ニュース社は姓名を明かされたがらない消息筋の人物の話を引用し、ロシアの極超音速巡航ミサイルの原型を研究開発するプロジェクトのコードネームは「4202工程」であるとした。このプロジェクトの主旨はRS-28「サーマト」ミサイルのために戦闘部を製造することにある。もし作業の進展がスムーズなら、ロシアは現有および未来の一切のミサイル防衛システムを突破できるミサイルを掌握することになる。

ジェーン情報集団のアメリカにおける軍事分析センターも少し前レポートを発表して、ロシアは成功裏に新型極超音速飛行体をテストした、とした。同センターはそれをYu-71と呼んでいる。

アメリカ人は、ロシアは今年2月には早くも今回の試験を行っていた、と考える。ロシアはすでに選定された目標に対し正確打撃を行う能力を具備している可能性がある。最も堅固な目標であっても1発のミサイルを用いて破壊できる。ロシアは5年後にはもうオレンブルグ付近に極超音速ミサイル部隊を配備するだろう。

依然研究開発中のRS-28新式大型大陸間弾道ミサイルは上述の極超音速巡航弾頭を搭載することになると見られる。このミサイルの試験はアメリカ人を非常に不安にさせる。

メディアも極力内情を了解する専門家をインタビューしようとしているが、このプロジェクトは厳格な秘密保持状態にあるため、この同様に姓名を明かされたがらない専門家が語るのは、大部分歴史に関する問題である。

この専門家の説明によれば、速度がマッハ5から7(ないしマッハ10)に達するミサイルを研究開発する考え方はずっと軍を引きつけている。この種のミサイルの運動エネルギーは非常に大きく、戦闘部を必要とせずにもういかなる敵サイドの目標にも致命的損害を与えることができる(頑住吉注:運動エネルギーは速度の二乗に比例しますからね)。もしさらに核弾頭を加えれば、効果は言わずとも明らかである。

ソ連はかつて極超音速巡航ミサイルの開発に着手した。1980年代末、「虹」設計局はX-90極超音速飛行体を研究開発した。ソ連解体後、このプロジェクトは1992年に資金の消耗が非常に大きいためすぐ終わらせられた。その後X-90はかつて数回モスクワにおける国際航空展にお目見えした。

(頑住吉注:これより2ページ目)

離陸重量15トン前後という状況下で、X-90はマッハ4.5に達し得る。相当に信頼できる情報が言うところによれば、それは1980年代末にかつて成功裏に飛行機から発射され、上述の速度に到達した。

アメリカの極超音速飛行体研究開発作業はほとんどソ連と同時進行だが、まだ顕著な成果を取得していない。だが今世紀初め、アメリカ人はある極超音速飛行体の試験機を展示し、外観はX-90に相当に似ていた。

何年か前、ペンタゴンは最新式の極超音速飛行体X-51を製造すると言明した。その外観はX-90にさらに似ていた。米軍は、X-51はアメリカ戦略ミサイル部隊の主力武器の1つとなることが有望である、とする。

X-51の設計上の飛行速度はマッハ6〜7にも達する。専門家は、この種の速度はX-51をグローバル快速打撃体系に含めるのに足りる、と考える。2010年5月末、X-51は第1回目の試験飛行を行った。試験飛行は総体としては非常にスムーズだったが、最終的に軍は飛行体に自己破壊プロセスを始動させた。この後さらに何回かの試験飛行が行われたが、効果は決して理想的ではなかった。あらゆる飛行体は最終的に全て自壊した。

中国も極超音速研究領域においてパフォーマンスが活発で、WU-14極超音速試験機を研究開発中である。それは部分的にアメリカの極超音速飛行体X-43を参考にしているとされる。実はより正確に言えば、WU-14の研究の基礎はやはりソ連のX-90なのである。

極超音速に達するのは決して易しいことではない。一連の超高温や過負荷を受け入れることのできる新型材料を作り出すことが必須である。速度がこのように速い飛行体は操作コントロールするのが非常に難しい。燃料のこの種の速度下での燃焼の特殊な変化に対しても研究が不足している。この方面の研究作業は確実に資金の消耗が非常に高くなる。だがこのゲームはプレイするに値し、しかもその意義は軍事領域にのみ体現されるのではない。

専門家たちは極超音速有人飛行機製造の実行可能性を研究中である。この種の飛行機は1時間以内に乗客を地球上のいかなる目的地へも送り届けることができる。ロシアは極超音速研究領域の科研と試験設計作業でも新たな段階に足を踏み入れ、資金割り当ては不断に増加している。

2020年までに世の人は知るだろう。一体どの国が率先して真の極超音速飛行機を製造するかを。


 この方面で中国が近い将来アメリカを追い越すとはちょっと考えられないでしょうが、アメリカのミサイル防衛システムを突破できるものを開発することならあり得るかもしれません。

 この問題もずいぶん前コラムで紹介した覚えがあります。

http://military.china.com/critical3/27/20150724/20069207.html


4,000機の退役した殲ー6が行方不明 神秘の用途が米軍を恐れおののかせる

殲ー6(NATOのコードネーム:Farmer、中国語では農夫)戦闘機は中国の沈陽飛行機製造工業社が製造した単座双発超音速ジェット式戦闘機で、主に国土の防空と前線の局地的制空権争奪に用いられ、一定の対地攻撃任務も執行できる。殲ー6は中国が旧ソ連のミグー19を根拠にコピー生産および発展させた制空戦闘機で、1958年初めに研究開発が開始され、1960年に大量生産に投入され、1964年に最初の殲ー6戦闘機が中国空軍の使用のため引き渡され、1983年に生産停止されるまで、全部で5,205機生産された。この機は中国初の超音速戦闘機で、かつて解放軍空軍および海軍航空隊の装備数最多、就役時間最長、戦果が最も輝かしかった国産第1世代ジェット式戦闘機である。

殲ー6機は寸法が小さく、重量が軽く、推力:重量比が大きく、上昇率が高く、急降下加速が速く、機動性がよく、近距離格闘空戦に適している。飛行機の構造は簡単で、使用・維持保護が便利で、価格が安く、世界の同類飛行機の中で最も安い。殲ー6の推力:重量比は0.86に達し、中、後期改良型の全体の推力:重量比はさらに0.988に達しており、このため非凡な上昇率を持ち、1分06秒以内に10,000mの高度まで上昇でき、4倍近い優勢をもってこれと同時期に出現したアメリカのF-100をはるかなかたに置き去りにする。これは歴史上東側陣営の主力戦闘機が初めて性能上その西側のライバルを全面的に超越したものである(次の1回にして最後の1回はスホーイー27によるF-15の超越)。

時代を超越した推力:重量比がもたらす加速性と機動能力、および空力外形が賦与する優秀な旋回能力に頼り、このソ連では単なる過渡的機種だった第1世代超音速戦闘機は、中国ではそれにもかかわらず祖国の領空を守護し、中低空の制空権を奪取する主力戦闘機となった。中国空軍、海軍航空隊飛行員は殲ー6戦闘機を操縦して何度も飛行高度が殲ー6の静上昇限度をを超える米軍の高空無人偵察機を撃墜し、かつ米軍のF-105、F-4Cなど先進的な戦闘機撃墜の戦果を取得した。統計によれば、1964年から1971年まで、中国の飛行員は殲ー6戦闘機を操縦して相次いでRF-101A、F-104C、高空無人偵察機、F-4C、RA-3D、A-6Aなどの機種の21機の敵機を撃墜しており、戦果は輝かしいと言える。

相当に長い一定の時間内、殲ー6戦闘機はいつも中国国土防空の主力戦闘機で、部隊の殲ー6に対する評価は非常に高く、甚だしきに至っては「殲ー6万歳」のスローガンを叫んだ。より先進的な殲ー7戦闘機の就役後、殲ー6は依然一部の戦闘任務を担った。提示に値するのは、1960年代に中国がパキスタンのために提供した殲ー6戦闘機が、印パ戦争の中で1機のミグー21、8機のスホーイー7、3機のイギリス製「ハンター」戦闘機を撃墜し、自身は3機を損失しただけだったことである。2006年8月、殲ー6戦闘機は中国空軍戦闘機部隊から全部退出し、2010年6月訓練部隊の序列から全部退出した。

殲ー6の退役後、外国メディアと軍事ウォッチャーは、中国はそれを無人操縦攻撃機に改良する可能性がある、と考えた。つまり巡航ミサイル模式に似た神風特攻隊であり、米軍の第一列島線内の大、中型艦船向けにオーダーメイドされるわけである。この説はアジア太平洋地域の米軍にとって聞けば恐れおののくことを禁じ得ない。そして中国軍も確かにこの方面の試験を行ったことがある。だが後に対艦ミサイル技術の不断の成熟とコストパフォーマンス問題ゆえに(1機の殲ー6改装がもたらすコストは1発の対艦ミサイルのコストを超える)この計画は最終的に終わりを告げた。

だがカナダの「漢和安全保障業務評論」2013年1月号掲載の文によれば、福建省連城基地にどんどん多くの殲ー6(J-6)無人攻撃機が進駐し、2011年7月31日の衛星写真では少なくとも55機が数えられる。これは福建省地域の殲ー6無人攻撃機が最多の飛行場で、ここではまだ改築が行われている。殲ー6機の寸法は小さく、重量は軽く、推力:重量比は大きく、機動性はよく、近距離格闘空戦に適し、退役後無人攻撃機に大量改装できる。

実際には中国空軍の退役した4,000機の殲ー6機には4種の行き先がある。1つ目は前述の無人攻撃機改造計画であるが、論争は比較的大きい。2つ目として一部は海空軍の自動操縦標的機に改造され、しかもこれには公式に事実確認されている。2013年12月24日、中央7チャンネルは初めて殲ー6戦闘機を改装した無人標的機を明るみに出した。これは古い退役した戦闘機を用いて改装した殲ー6無人標的機だった。3つ目として非常に多くの過度に古くなった殲ー6は完全に分割解体される。河北省安新のスクラップ市場では、労働者がツルハシを用いて殲ー6の外皮を引きはがす画面が出現したことがある。

4つ目として一部の後期の比較的先進的なタイプは空軍剰余飛行機貯蔵センターに不使用状態で保存される。消息筋の人物の説明によれば、空軍剰余飛行機貯蔵センターは中原の某飛行場に位置し、済南空軍の編成に隷属する。ここは我が国空軍が各種の退役した飛行機の不使用状態での保存、および改装維持修理専用に用いる場所で、機格納庫内の他、滑走路上だけで350機の各タイプの退役し不使用状態で保存される実戦機が駐機され、全中国の飛行機の数最多の飛行場と言える。空軍や海軍から退役してきた4,000機あまりの殲ー6のうち大部分はここでの「養老」に送られた。かつ退役前その最後の飛行の執行を終えた。自ら貯蔵センターに飛んだのである。このことから、こうした戦鷹は現役を退出する時であっても依然として空戦巡航能力を具備していたことが見て取れる。このため保存が当を得ていさえすれば、戦時には直ちに封を解いて戦場に派遣することができる。

結びの言葉:殲ー6は筋金入りの軍事マニアから六爺と敬称で呼ばれ、この機は中国空軍および海軍航空隊の発展という長い川の中の1つの輝きを代表し、中国とパキスタンの友情の象徴でもある。だが英雄もついには老いていく。しかし老兵は死なずで、洞窟内の年は取っても意気盛んな六爺はずっと殲ー10、殲ー11、殲ー20、殲ー31の咲傲長空(頑住吉注:例によって検索すると無数にヒットするのに意味を説明したページは全く見つからない慣用句)な轟音に耳を傾けていると信じる。本文の最後に、老兵に向け敬意を表し、かつて祖国を防衛した青空の六爺に敬礼する。


 現時点で無人攻撃機への改造が大規模には行われていないが、やろうと思えばいつでも可能だということでしょうか。現在では性能的に問題にならなくても、もし数百単位で来襲したら米軍でさえ手を焼くことになるかもしれません。





















戻るボタン