東ドイツとマカロフピストル

 第二次大戦後のドイツのソ連占領地域では主にルガー、ワルサーP38、PPシリーズなど旧ナチ時代の銃が武装組織によって使用されました。1949年に東ドイツ(ドイツ民主共和国、Deutsche Demokratische Republik、略してDDR)が建国された後の1951年、ソ連ではワルサーPPシリーズに強い影響を受けたマカロフピストルが軍制式拳銃として採用されました。やがてこのピストルは旧東側の大多数の国々で使用されるようになり、東ドイツも例外ではありませんでした。東ドイツ版マカロフピストルに関する資料として、ドイツ語の書籍「Die Faustfeuerwaffen der bewaffneten Organe der SBZ/DDR」(「ソ連占領地域および東ドイツの武装組織のハンドガン」)の当該部分の訳文をお読み下さい。


 マカロフピストル(口径9mmマカロフ。同義の口径名称は9.02mmMak.、9.2x18mmMak)は固定バレルとスプリング・重量閉鎖機構(頑住吉注:ストレートブローバック)システムを持つロック機構のないワルサーPPシステムのリコイルローダーであり、1951年以後ソ連の組織的武装に導入された。マカロフは東ドイツでは1957年以後にソ連型で輸入され、いくつかの武装組織に支給された。正式名称はまず始めには「9mm-Pistole M」だった(1980年代以後になって初めて「PM9」という名称も使われることが多くなった)。1957年、Suhlの「Ernst Thalmann工場」(ETW 頑住吉注:「a」はウムラウト)がライセンス生産の準備に向けた注文を手にした。1958年にはすでに最初のプロトタイプも存在した。ETWにおけるライセンス生産は翌年に開始された。1959および60年、ETWはいくつかのマカロフピストル部品の生産を精密鋳造に切り替えた。だが結果としてそのような鋳造部品の破損が増加し、そして生産は再び切削工法に切り替えられた。技術部長Walter Germerとこの研究のリーダーHarry Schmidtにとってのこのアクションの苦い結果は10年および7年の拘留だった。マカロフピストルの東ドイツにおけるライセンス生産は1965年に終わった。

 オリジナルのマカロフピストルはブルガリアのライセンス生産品同様赤茶色のグリップ上に型押しされたソ連の星マーク、グリップ左下にランヤードリングを持っているが、一方東ドイツのライセンス版は特に黒色のグリップとランヤード取付金具の欠如によって区別される。後者は1969年以後になって初めて、いくつかの銃器紛失の後に織物製ランヤードループの取り付けによって事後装備された。このためにはグリップ内部に穴が設けられ、打撃スプリング用の板バネクリップの下にランヤードループ保持具が固定された。ランヤードループに関係する対応の服務規定の拡充は、1969年6月13日のDV-20/11のための補足ナンバー2によってなされた。



(頑住吉注:このような金具がグリップを外した下に装着され、ループはマガジンキャッチの後方から出る形でした。あまり使いやすくはなさそうです。)



(頑住吉注:「服務規程」というのは兵器の公式の使用規則らしく、こんな冊子が発行されていました。)

 初期の東ドイツ版マカロフのグリップ固定ネジは(ロシア製マカロフの場合のように)まだ長かったが、後の型ではより短いものに換えられた。東ドイツで運用されたいろいろなマカロフピストルの確実な目印はそれぞれのメーカー検査刻印である。(円の中の)「三角形」はソ連、(同心の二重丸の中の)「10」はブルガリア、そして「K100」は東ドイツの生産を示す。ブルガリア製マカロフピストルは1980年代半ば以後になって初めて東ドイツに輸入された。

 東ドイツ版マカロフピストルに見られる刻印とマークはこれまで多くの作り話のきっかけを与えてきた。グリップフレーム上の検査式別文字の周りのセンタポンチによる打痕は試射の際の命中位置を反映していると再三主張されてきた。実際にはこの打痕は生産や検査の経過を示すマークではない。前述のリング状センタポンチ痕の中の小さな文字は生産工場におけるそれぞれの検査官を示している。

 1960年まで、それぞれ1つの文字がシリアルナンバーの前に打たれた(Sは1958年、J、K、L、N、Uは1959年、B、F、G、M、Tは1960年)。1961年以後は2つの文字からなる銃器ナンバーがシリアルナンバーの前に打たれた。シリアルナンバー自体は基本的に4桁である
(頑住吉注:「銃器ナンバー」という言葉が使われていますが数字ではなくアルファベットで、例えば「SM0853」のような刻印になっています)

 「K100」(「X100」や他のコンビネーションは稀)の刻印は生産工場内の社内品質検査部署(「技術コントロール組織」、TKO)による検査を示している。この該当部署は技術的品質条件および納入の条件(TGL。西ドイツのDIN=ドイツ工業規格と対をなすもの)の基準にしたがって検査を行った。

 試射マークは正方形の中の丸が示した。所有物刻印
(頑住吉注:「ドイツ民主共和国国有」といったもの)はなされなかった。NVA(頑住吉注:「国家人民軍」、要するに東ドイツ軍のことです)ではそのようなマークははっきりと禁止されてさえいた。東ドイツ版マカロフにある他の全てのマークおよび刻印は社内のマークだけである。



(頑住吉注:東ドイツ製マカロフの刻印を示した図です。今回の製品はグリップの交換などでいろいろな国製という設定にできるように刻印は入れてありませんが、東ドイツ製をリアルに再現したい方はこれを参考に刻印を入れてみるのもいいかも知れません)

 マカロフピストルは最低限の耐久性5000発とコンセプトされていた。

 東ドイツではトレーニング目的にマカロフピストル用の変換システムが使われた。これは独自のスライド、アダプター弾薬、.22l.r.弾薬仕様の差し込みバレルを伴うものだった。

 

(頑住吉注:これが.22LR変換キットです。.22変換キット自体はガバメント用などもあるように珍しくありませんが、ほとんどは独自のマガジンを使うものです。それに対しこのキットは9mmマカロフ弾薬のサイズのアダプター1個1個に.22LR弾薬を挿入して使う、したがってオリジナルのマガジンがそのまま使えるというきわめてユニークなものでした。ただし発射後は当然アダプターを拾い集めなければなりません。9mmマカロフ弾薬よりはるかに弱装の.22LR弾薬でも快調に作動するようスライド側面には重量軽減のためのフルートが入っています。バレルはオリジナルのバレルの後方からスリーブを挿入し、前からナット状のパーツを締め込んで固定するものでした)

 同様に練習目的でマカロフピストル用のピストル照準器具PZG75が採用された。これはドレスデンのVEB Pentaconによって作られたものだった。



(頑住吉注:これが「ピストル照準器具PZG75」です。残念ながらこれ以上詳しい説明がなく、どういうものなのか不明です。恐らくトリガーを引いた瞬間にきちんと照準できていたかが離れたところからモニターできたり記録されるようなものだったのでしょう。)



(頑住吉注:これは本文には登場しませんが非常に珍しいスポーツモデルの写真です。)

 ソ連製マカロフピストルの消音型もマカロフPBの名の下に存在した。この銃の場合サイレンサーはねじって外すことはできず、閉鎖機構システムに組み込まれている。これによりもはや復帰スプリングはバレルにかぶせることはできず、グリップに組み込まれねばならなかった。復帰機能はレバーシステムによって保証された。マカロフピストルのこの型は東ドイツの武装組織にも導入されていたようである。というのは追加のサイレンサー用仕切り板を持つ特徴的な東ドイツ版マカロフ用ホルスターが知られているからである。



(頑住吉注:これがサイレンサー込みで収納できる特殊ホルスターです。色は赤茶色とされています。



これは東ドイツ製(左)とソ連製(右)のホルスターの比較です。



これは東ドイツ製旧タイプ(右)と新タイプ(左)の比較です。この他に、


このように組織や用途によっていろいろなタイプがありました。)


 東ドイツではトカレフ、スチェッキン、PMS、AP9(ハンガリー製ワルサーPPコピー品)、ピストーレM74(ルーマニア製ワルサーPPK亜流品)、などが輸入、使用されましたが外国由来のピストルが東ドイツ国内で量産、制式採用されたケースはマカロフだけのようです。これらのうちトカレフ以外の全てがワルサーPPシリーズをベースとしたものであるのはいかにPPシリーズが傑作で諸外国に強い影響を与えたかの証明と言えるでしょうが、一方でドイツ人にとっては自分たちの傑作の亜流品を生産させられるのはあまり愉快なことではなかったはずです。本家の意地としてオリジナルにない新技術を盛り込もうとして失敗したエピソードは興味深く、またそのあまりに過酷な代償は暗かった東ドイツ政治のあり方を象徴していると言えそうです。東ドイツ版マカロフの生産は意外にも1965年で早々に終了したということで、それ以後は既存の銃と輸入品でドイツ統一までしのいだということになり、やはりマカロフはドイツ人にとってあまり馴染めない銃だったのかも知れません。なお、現在ドイツではもちろんマカロフは生産されていませんが、安くて比較的品質の良いピストルとして輸入品は人気があり、ブルガリア製の.22変換キット(独自のマガジン、アルミ合金製スライドを使うもの)も販売されています。











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