Dick Acousの新型サイレンサー

「Visier」2004年4月号の「スイス銃器マガジン」担当ページに、新しいサイレンサーに関する記事がありました。


より軽い、より音響心理学的な
消音装置


消音装置はかさばり、重く、また全ての周波数範囲においてほぼ一様に約20デシベル減音するという性格のものである。Dick Acousは従来品とは別の方法に基づく消音装置を新開発した。

 
 従来の消音装置(頑住吉注:正確には減音装置。他も全て同じ)は、弾丸を押し動かすための高圧ガスがマズルおよびチャンバーから排出される前に減圧することによって減音を行う。これらを使っても銃口から出る約1700m/s(マッハ5)という速さの発射ガスを止めることはできず、たいていの場合パチッと音が鳴る。銃口から出るガスの圧力は2〜300気圧にもなり、これを消音装置内のガス室に誘導して減圧する必要上、この構造は非常に堅固なものでなくてはならない。多くのものはスチールパイプ内部に迷路状の構造を組み込んでいる。これは比較的重く、また銃口から長く突き出す。この結果銃は重く、扱いにくいものになる。
 アメリカ人のDick Acousは全く別の方法に基づく設計を行った。彼は3箇所に圧力軽減のための孔を持つバレルを使い、高圧ガスをここから巧みにも拡張可能なラテックスの袋の中に誘導した。ガス室が必要時のみガス圧で拡張する構造のため、従来品のような固定した大きなスペースは要らない。装置の全長も従来よりずっと短くて済むので操作性を低下させない。ここでその機能を解説するのはモデル「Paris」である。
 弾丸が孔1を通過すると、そこには負圧が発生する(ベンチュリー効果)。孔2においてガスは放射状に外へ排出されラテックスの皮膜は膨張しようとする。だがこの勢いは殺され、膨張はゆっくりしか起こらない。大部分が孔1の負圧で中和されるからである。マズルを出た弾丸は、ラテックスの袋先端のごく小さな穴を押し広げる(この穴はこの直後に再び閉じるようになっている)。同時に銃口からのガスは孔3を通って放射状に外に流れる。このガスは後ろの2つのチャンバーからのガスとともにラテックスの袋を膨張させる。ただし、これは爆発的に起こるわけではない。圧力がバレル内全体で一定となり、皮膜は比較的ゆるやかに膨張する。当然ラテックスの皮膜が振動板のような役割を果たして音を発することになるが、これが比較的ゆるやかに起こるため、この音は決定的に振幅が小さくなり、またはるかに周波数が低くなる。実用上これは大きな発射音がせず、にぶい発射音が鳴るだけになるということを意味する。これにより、ただ発射音が大幅に小さくなるというだけでなく、ほとんど低い周波数しか計測できないということになる。人間は位相差と両耳の間の作動時間を利用して音を感じる。これは中程度から高い周波数でのみ機能する。このとき波長は両耳の間の距離より小さい。実際、これより長い波長、例えば約20cm(1650Hz)の波長は常に聞き取りにくく、これ以上になれば全く聞こえなくなる。ハイファイ技術では、これをサブウーハーとして利用している。そうした低音を室内に飛び交わせ、余韻として感じさせるという手法である。その上、人間の耳は低周波の音に極めて鈍感である。音響学者によれば、人間の耳は2〜5kHzの領域の音には非常に敏感だが、それより下では聴く能力が急速に弱まる。200Hzになると、音に気づくには10倍の音圧が不可欠となる。100Hzになれば実に30倍必要だ!
 どの消音装置も、弾丸の速度が音速以下の弾薬を使用する時しか意味を持たない。なぜなら超音速で飛ぶ弾丸自体が音を発し、これを遮断することは不可能だからである。この用途に使用される代表的な弾薬は、「.300Whisper」およびこれより強力な「.338WaterDrop」である。両弾薬とも発射薬として約14グレイン(0.91g)のニトロパウダーを使用する。1gの装薬は約1リットルの発射ガスを発生する。つまりこの弾薬の場合は約900ccのガスを受け入れなくてはならない。2気圧の圧縮を許容すれば450ccということになる。.338口径の15inバレルには、それ自体ですでに17ccの容積がある。これに圧力軽減のための孔を加えると容積は25ccとなる。残りの425ccがラテックスの袋に配分されなければならないことになる。バレルの外径は20mmであり、ラテックスの袋は50mmまで膨張する。バレルの回りを1.5cmの厚さでとりまくわけだが、発射の邪魔にはならず、全ては弾丸がマズルを出た後に起こる。その後、貯蔵されたガスの一部はラテックスの袋の作用で先端から一定のゆっくりした速度で抜け、また一部はチャンバー側から吹き出す。またこれだけのメリットではなく、この圧力で薬莢が押し出されるのでエキストラクターが不要になる。サブソニック弾薬は圧力が低く、薬莢がチャンバー内に強く張りつくことがないからである。
 このモデル「Paris」には公的機関も興味を示している。


 通常のサイレンサーは内部に「Labyrinth」(ファンタジーの世界では「迷宮」とか訳しますね)を組み込んでいる、という記述があり、一瞬なんのこっちゃと思いました。また、「Federkonstante」という辞書に載っていない単語も使われています。「Feder」はスプリングのこと、「konstante」は英語のコンスタントに当たる単語です。風船を膨らませた後に口を放すと中の空気がほぼ一定の速度、圧力で吹き出ますが、文脈からしてこれはこういうことを意味しているようです。高圧の発射ガスがラテックスの袋を膨張させた後、先端にある微細な穴からこういう感じ(ただし穴は極端に小さい)で比較的ゆっくり漏れるということですね。
 さて、この新サイレンサー(なんでまた「パリス」という名前なのかは分かりません)は、PSSの項目で説明した「バレル内に発射ガスを閉じ込める消音システム」、特にフンベルトのそれの現代版とも言えるものだと思います。私は科学知識(ついでにオーディオ関係の知識も)が乏しいのでベンチュリー効果がどうしたとか波長や周波数がどうとかいう部分はいまいち理解できていません。内容的に理解できていない以上細部の訳や用語法に間違いがあると思います。ただ、アイデアの基本はなぜ今までなかったんだろうと思うくらいごく単純なものです。

新サイレンサー

 構造はこんな感じです。緑色で弾丸が2つ表現してありますが、先に飛んでいる方の弾丸と、青い部分はひとまず無視してください。グレーの部分がバレルで、黄色い部分がラテックスの袋です。ラテックスの袋は基部で黒ベタで表現している金具によってバレルにクリンプされて結合されています。ラテックスの袋は通常バレル先端にぴったり張りついています。コンパクトも何も、ほとんど通常はないも同然なわけです。このイラストでは弾丸はマズルから出る寸前です。孔は後方から1、2、3で、すでに1、2の孔からガスが出てラテックスの皮膜を膨張させ始めています。3の孔にはまだガスが到達していません。弾丸が押すことによってラテックスの袋は前方にもやや伸びています。
 さて、弾丸が先に飛んでいる位置まで進むと、ラテックスの皮膜は青い部分まで大きく膨張して発射ガスを内部に閉じ込めます。その後ガスは弾丸が出た後弾性でほぼ閉じた微細な孔から比較的ゆっくりと漏れます。
 ラテックスと言えばコンドームですが(←そうか?)、「イラクでの戦訓」の項目であったように、銃口から砂塵が侵入しないようにコンドームをかぶせるということが時として行われるようです。ひょっとしてこのアイデアはこれがきっかけになったのかもしれません。
 この新サイレンサーのメリットは、@軽い、Aコンパクトである(この2つの結果銃が取り回しにくくならない)、B消音効果が高い(しかも人間の耳に感じにくい性質の音になる)、Cバレルの後方まで穴を開け、発射ガスを逃がすタイプと違い初速を低下させない、Dエキストラクターが不要になる、というものです。Dはオートのみでしょうし、あまり大きなメリットではないと思います。また、ここでは書かれていませんが、おそらく通常型のサイレンサーよりずっと安価にできるはずです。
 欠点には触れられていませんが、ラテックスの袋は例えばジャングル、岩場、ビル内部などでのハードな使用によって傷つき、破れやすいのではないかと思われます。また、極端な高温で柔らかくなったり、逆に極端な低音で柔軟性が失われたりして機能に異変が起きたり、破裂したりする可能性はないか気になります。また、フルオート射撃をしたりしたら破裂しないか、そこまではいかなくても先端の穴が徐々に広がったりガスが受け入れ可能な範囲を越えて消音効果が減退するのではないかとも思われます。ただ、タフネスや耐久性が低くても、軽い、小さい、安い、という性格から複数携行し、半使い捨てにしてしまうことはできそうです。疑問点もありますが、使い方によっては非常に有用なものになりそうですよね。
 しゃれた商品名らしきものがついている割にはイラストによる説明のみで写真はなく、また発明者の名前だけでメーカーの名前が書かれていません。まだ個人的な発明家が試作しただけなのかもしれません。トンデモ系のアイデアとして消えていく可能性も高いです。しかし今後メジャーになっていく可能性もある程度はありそうで、注目しておく価値はあると思います。ひょっとしたら「あれ、俺は皆よりずっと前に知ってたんだゼ」と自慢できるかも知れません。





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