第一次世界大戦におけるドイツのハンドグレネード その2

 前回に続き、「Waffen Revue」30号に掲載されていた記事の内容を紹介します。


卵型ハンドグレネード17
 1917年、ドイツサイドに初の卵型をしたハンドグレネードが導入された。これは直ちに「卵型ハンドグレネード17」という名称も得た。このハンドグレネードはスムーズな鋳鉄製グレネード本体(壁の厚さ8mm)からなり、重量は約300gで、すでに球状ハンドグレネードに使用されたのと似た燃焼信管を備えていた(図13)。

卵型ハンドグレネード17 新方式
 破片の大きさを偶然に頼ることが望まれなかったため、グレネード本体に追加の破片形成用ジャケットが備えられた。だがこれは別体を装着するのではなく、グレネード本体と一体で鋳造された。このタイプには51/1917という名称を持つ新しい燃焼信管が使われた(写真14 頑住吉注:ちなみに原文は「Bild」で、この単語は写真にも絵にも使われます)。

(頑住吉注:上が図13、下が写真14です。上の旧型は本当に卵のようにつるんとしていますが、下の新型には破片を形成するためのベルト状の部分が加えられています。)

 奇妙なことに、このハンドグレネードの正確な模造品が第二次世界大戦中でもまだユーゴスラビアで使われていた。それにはM17という名称すらつけられていた。

 重量は330g、30gの装薬は83%の黒色火薬、12%の「Pechklorat」(頑住吉注:辞書に載っておらず、検索しても全くヒットしませんが、語の成り立ちは「瀝青」+「塩酸塩」のようです)、5%のアルミ粉末のミックスからなっていた。

※2011年6月18日追加 教えていただきました。「Pechklorat」は過塩素酸塩のことで、黒色火薬の威力を増すための酸化剤として添加されたものであろう、ということです。

傘型ハンドグレネード
(頑住吉注:「Schirmhandgranate」)
 ここで我々は独自の形式のハンドグレネードに出会う。それは第二次大戦中に採用されたパンツァーウルフミーネ 1(L)Kurz(「Waffen Revue」6号参照 頑住吉注:「ナチ・ドイツの対戦車手榴弾」の項目で紹介した記事です。ただしあの記事で主に紹介されていたのは新型で、このハンドグレネードにより似ているのは旧型の方です)の先祖と思われるものである(少なくとも「あやつる傘」に関しては)。

 このハンドグレネードは壁の薄いケースからなり、その先端にはそれぞれ重さ1.5gの小さな鉄片225個を持つ半球状の容器が取り付けられていた。着発信管のファイアリングピンはセーフティボルトで固定され、その端部には長さ7mのセーフティ紐が備えられており、この紐の端は輪で終わっていた。

 投擲のためにはこの輪を手で持ち、セーフティフックを引き抜き、そしてハンドグレネードを投げた。その際まず長さ7mのセーフティ紐がシャフトから引き抜かれ、その後セーフティ紐はファイアリングピンから分離し、ファイアリングピンをフリーにした。衝突の際ファイアリングピンの先端は信管内のプライマーに突き当たり、ここで炸薬に点火した。飛行中の安定のためには布製の「あやつる傘」が取り付けられ、これは投擲時傘のように開かれた。これがこのハンドグレネードにこの名称を与えたのである。

 だが、この製造が複雑なハンドグレネードは多数製造されなかった。ことに次に記述する、特別効果的なハンドグレネードを得るための最終的解決作が現われたからである。

(頑住吉注:元々の図が小さく、判読できない文字も多いですが、これに即して補足説明します。これは使用準備前の安全状態です。7のファイアリングピンは6のファイアリングピンスプリングによって図で下方に押されています。さらに、これはどういう仕組みかはっきりしないんですが、ファイアリングピンは中心を通っている12の細い棒があるうちは上昇できない仕組みになっています。この細い棒は11の安全フックで固定されています。使用のためにはこの安全フックを抜き、8のセーフティ紐の輪になった後端である9を手で持った状態でハンドグレネードを投げます。ちなみに使用時に傘を開くとありますが、本当の傘のように開いたら空気抵抗が大きすぎますから通常は傘はシャフトに密着しており、この図が開いた状態なんだと思います。この傘は言うまでもなく図の上が先になって飛ぶためのものです。飛行中、内部で巻かれて収納されている8のセーフティ紐はどんどん引き出され、7mの長さまで伸び切ったら先端が12の細い棒を引き抜きます。これでファイアリングピンは前進できるようになりますが、まだファイアリングピンスプリングで前進を邪魔されています。着弾するとファイアリングピンは慣性で4のプライマーを突き、発火させます。これにより3の炸裂カプセルが炸裂し、4のグレネード本体内に内蔵されている炸薬を爆発させます。すると2の破片を収めた容器も破壊され、主に前方に向けて破片を投射するわけです。1の先端内部がネジ状になっているのは、安全のためプライマー、炸裂カプセルを抜いて保存し、使用前にねじ込んで使用するためでしょう。確かにセーフティ解除の仕組みもパンツァーウルフミーネに似ています)

着発信管を持つ柄つきハンドグレネード
 1920年代の参考文献を信じてもよいならば、この柄つきハンドグレネードはイギリスの原型にならって開発されたものである。着発信管を持つこの型には2つのシステムがあった。つまり、ダブルの針状セーフティつきのものと、スプーン型セーフティつきのものである。

 ここでも我々は公式な指示を以下のように引用することができる。

 この着発信管を持つ柄つきハンドグレネードは、装薬の入った本来のグレネード本体と、点火設備の入った柄からなっている。装薬は300gの爆発力の強い爆薬である。装薬は2mm厚の鉄板製ケースによって外力から守られ、パラフィン加工された紙製容器によって湿気から守られている。しばしばグレネード本体には爆発時に飛び散る金属製の小片が入っている。後者の充填材は塹壕内での防御時にのみ使用される。小片が遠距離まで飛び戻ってくるからである(頑住吉注:この指示を出している軍当局が自分で入れておいて「しばしば〜入っている」という直訳はちょっと変ですが、破片効果が高いが使用に制約がある特殊型も多数供給されたということです)

a) ダブルの針状セーフティ
 ダブルの針状セーフティを持つ柄付きハンドグレネードは衝突に際して初めて爆発する。また投擲の前になって初めて、炸裂カプセルを入れることによって爆発可能にしなくてはならない。針状セーフティの除去後、信管は爆発可能状態になる。早すぎるセーフティ解除を防止するため、ダブル針のリングは紐によって固定される(Versandセーフティ 
頑住吉注:この単語は辞書には「発送」などの意味しか載っていませんが、明らかにおかしいので何か他の意味があるんでしょう)。この紐は使用直前に外される。この後使用者はグレネードを右手で持つ。その際小指を針セーフティのリングに通して握る。そしてグレネードをターゲットに向けて投擲する。投擲時、針のついたワイヤー製リングは小指に残る(これによりgrobeなセーフティが取り除かれる)。投擲の間にワイヤーの付属した薄板製カバーが脱落する。これによりfeineなセーフテイが露出し、後の衝突時に爆発がもたらされる(頑住吉注:「grobe」は「荒い」、「feine」は「繊細」などの意味ですが、この場合どういうことなのかよく分かりません)。点火がその脱落に起因するセーフティの阻止球が早過に緩むことが稀に起こり、この結果不発が発生する(頑住吉注:このシステムに関しては写真やイラストがなく、詳細は不明です)。

b) スプーンセーフティ
 (Poppenbergの着発点火)、(図16)。このスプーン型セーフティを持つ柄付きハンドグレネードは、着発信管付きグレネードである。それはより大きな注意を払って取り扱わねばならない。使用者はこれの投擲の前に割りピンを取り除かなくてはならない。この割りピンはリングを備え、ワイヤーでセーフティに固定されている。この後はスプーンを固く木製の柄に押し付け、投擲の間になって初めて放すよう注意しなければならない。さもないと早すぎるセーフティ解除が行われ、塹壕内における投擲の間の最も小さなきっかけの際にすでに爆発が起きる可能性があるからである。


(頑住吉注:各部分名称は、1=携帯設備(ベルトにひっかける単なるクリップです)、2=炸裂カプセル、3=真鍮ケース、4=プライマー、5=ファイアリングピン、6=柄、7=スプリング、8=スプーン、9=割りピン、10=レバー、11=セーフティリング、12=紙製ケース、13=薄板製ケース、です。8のスプーンは7のスプリングによって下端が左に、上端が右に押されています。ただし9の割りピンで下端が6の柄に密着した状態で固定されています。割りピンを抜いた後はスプーンを柄に押し付けておけとされており、手を放して投げると上端が右に動いてセーフティ解除されるというのは確かでしょう。着発信管というのですから、着弾のショックで5のファイアリングピンが上昇し、4のプライマーを突き、、2の炸裂カプセルが炸裂して装薬を爆発させるのも間違いないはずです。しかしどういう仕組みで着弾時にファイアリングピンが上昇するのかはこの図からは読み取れません。頭部からぶつかり、慣性でファイアリングピンが上昇して発火、ということなら簡単ですが、この重量バランスでは頭部からぶつかるとは限らない気がします)

燃焼信管を持つ柄付きハンドグレネード
 着発信管には、それを装備したハンドグレネードは投擲後、もはやつかんで投げ返すことができないという長所があったが、この点火方式は欠点の方が大きかった。狭い塹壕の中でこのハンドグレネードは、兵が当然に興奮しながら投擲時に着発信管のセーフティを解除した後、塹壕の壁面に強くぶつけ、この結果このハンドグレネードを自分の塹壕内部で爆発に導くということが再三起こった。そのようなケースにおける損失は特別に大きかった。圧力波が塹壕内に伝播し、自軍の兵員を殺したからである。

 この不満が大きくなり続けたとき、再び燃焼信管を使用することによる救済策が取られた(図17)。

 我々は公式な指示から次のように引用する。

 グレネード本体は着発信管グレネードと全く同じである。柄には縦方向に穴が開けられ、この中に点火装置(遅延点火装置)が収められている。この点火装置は摩擦点火紐信管、炸裂カプセルを入れるための真鍮パイプ付が付属した長さ5cmで燃焼時間5秒のグタペルカ(頑住吉注:絶縁体などに用いるハードラバーに似た素材だそうで、コルトM1877のグリップにもこれ製のものがあったということです)点火紐からなっている。柄の端部には紙製のセーフティカプセルがある。このカプセル内には信管のトリガー紐がある。信管のトリガー紐とセーフティカプセルは結合されていない。したがってセーフティカプセルは危険なく素早く、あるいはゆっくりと解除できる(頑住吉注:紙製のセーフティカプセルというのはどういうものかよく分かりませんが、中空の柄の中に水や異物が入らないための単なる栓ではないかと思います)

 この柄つきハンドグレネードを投げたいときは、まず爆発可能にする。

取り扱い:
 柄を鉄製容器
(頑住吉注:頭部のことのようです)からねじって外す。

 炸裂カプセル(2g Nr.8)を柄の真鍮ケース内に入れる。

 重要:炸裂カプセルは常にオープンなサイドを摩擦信管に向ける。

 炸裂カプセル入りの柄を鉄製容器内にねじ込む。

 投擲前、セーフティカプセルの粘着テープ止めを赤い紐を引くことによって取り除く。その際紙製カプセルは自分から落ちる。

 グレネードの投擲は右手で行う。左手の人差し指を短く、力強く引くことによって紐の輪を取り除く。グレネードを(数を数えたりすることなく)すぐターゲットに向けて投げる。


(頑住吉注:各部分の名称は、1=薄板製ケース、2=紙製ケース、3=携帯設備、4=5cmの点火紐、5=摩擦信管、6=柄、7=トリガー紐、8=粘着テープつき紐の輪、です。説明の細部によく分からない点がありますが、柄の下端にテープ止めされている紐の端をはがし、強く引くと摩擦によって点火され、点火紐が5秒間燃え進んでから炸裂カプセルが炸裂、グレネードが爆発する、ということでいいはずです。)

柄つきハンドグレネード「ウィルヘルム」
 これで1つの大きな欠点は除去されたが、この燃焼信管を装備した柄付きハンドグレネードは長所だけを持つわけではないことが示された。紐の輪、つまり摩擦紐の端は粘着テープを柄からはがすと細い糸で終わっており、非常に短いものに過ぎず、手が濡れていると簡単に滑る可能性があった。機転の利く設計者は部隊の苦情を知らされた後、非常に短時間で救済策を見出した。彼らは摩擦紐の端部に陶器製のつまみを固定した。これは第二次大戦の真っ只中まで最も良く真価を示した。そして柄の端部に薄板製のねじ込みキャップをセットした。これで陶器製つまみや柄の内部も湿気や汚れから守られた。他の構造は同じままである(写真18)。

柄つきハンドグレネード「フリードリッヒ」
 だがここでさらなる欠点も示された。柄のねじ込み保護キャップに向けての先細りがずっと後方までなされていたので、ハンドグレネードをつかんだ際、薬指と小指が保護キャップにまでかかり、左手でこのキャップをねじって外すのが非常に困難だった。保護キャップの滑り止めの凹凸も小さかったので、濡れた手では非常に外しにくかった。

 だが機転の利く頭は部隊の経験を非常に短時間で分析し、完全に新しい柄を作った。このタイプでは柄のくびれがずっと上に移され、これで手が正確に正しい場所に位置した。投擲時の重心の移動により投擲も改善された。8つの突起を持つ星型の保護キャップにも改善されたので、キャップのねじ外しも誰にでも簡単になった。寸法は同じままである(写真19)。

(頑住吉注:何故か柄だけです。上の写真と比べくびれの位置が移動していることと、左端が星型になっているのが‥‥かろうじて分かります。ちなみにこれは第二次大戦時のタイプにはなく、不必要とされたか、コスト上の問題で放棄されたかでしょう)

柄付きハンドグレネード Ub.AZ(頑住吉注:「U」はウムラウト。「練習 着発信管」の略)
 練習目的で、寸法と重量が実物の柄付きハンドグレネードと等しいコピーが作られた。

 これは木製の本体からなり、この場合頭部と柄が一体の木材から回転加工で作られていた。前部が空洞になった木製の頭部にはマッシブな鉄製の「囲い壁」が小さいネジで固定されていた。これはハンドグレネードに似た外観を与えるだけでなく、重量バランスも似せた。そしてこれにはファイアリングピン構造も含まれていた。

 頂点部には直径14mmの開口があり、この中にファイアリングピンがあって頂点部から突き出ていた。練習投擲のためにはこの開口内に炸裂カプセルを入れ、紐の引きによってスプリングのテンションがかけて内蔵されているファイアリングピンをコックした。地面へのハンドグレネードの衝突の際、ファイアリングピンはその保持位置から急速に動いて炸裂カプセルに突き当たった。

 この構造により、柄付きハンドグレネードを使った投擲を練習するだけでなく、同時に投擲距離をコントロールし、兵が着発信管の機能に慣れることも意図された。炸裂カプセルは任意に交換することができた。(写真20)これで興味深いのは、これにはすでに陶器製つまみのさきがけが見られたことである。ただしこれは引き紐に結ばれた単なる金属製円盤である。


柄付きハンドグレネード Ub.BZ(頑住吉注:「U」はウムラウト。「練習 燃焼信管」の略)
 燃焼信管を持つ柄付きハンドグレネードの登場後、練習用ハンドグレネードも作られた。これは寸法上実物のハンドグレネードと同じだった。

 しかしこの練習用ハンドグレネードは頭部が木製のコアからなり、それに実物のハンドグレネードの薄板製ジャケットがぴったりフィットした。つまりかなり製造にコストがかかった。木製のコア内後方には穴が開けられ、この中に燃焼信管(外からは見えない)が柄のねじ込みの際に入れられた。柄の後方はくぼみで終わっており、ここに長さ5cmの引き紐がオリジナルの陶器製つまみつきで固定された。しかもこの固定は完全に綿密に考えられたものだった。引き紐の端部は小さな1片のコルクによってくぼみの小さな開口に押しつけられ、この結果使用者はハンドグレネードの紐の引きを全ての細目によって練習できた。このコルクが引きの際に開口から抜けたからである。

 投擲後引き紐は再びコルクを使ってくぼみ内に固定され、保護キャップをねじ込み、そして次の新兵が紐の引きと投擲を練習することができた(頑住吉注:これの写真はありませんが、外観は実物とほとんど同じということでしょう。柄内部の空洞に、内径にフィットしたコルクに取り付けた紐が入っており、実物に似た抵抗で紐を引き出すことができた、ということのようです)

 我々のコレクション内にあるこの練習ハンドグレネードのオリジナル品には1916年4月10日の日付がある。

応急ハンドグレネード
 写真21に示された我々のコレクションから出たハンドグレネードが、本当にドイツ起源のものであるのかどうかは、多くがそれを示しているにもかかわらず証明はされていない。このグレネードは70個の大きさの異なる凸部を持つ全くマッシブなグレネード本体からなっている。後端には鉄板がネジ止めされ、そこに太さ6mmのワイヤーが柄として溶接されている。前部には同様に鉄板がネジ止めされ、この中にはおそらく着発信管がセットされたのだろう(頑住吉注:このタイプはどう考えても先が先になって飛ぶとは限らず、少なくとも当時どんな体勢で着弾しても機能する着発信管が存在し、そしてそれはグレネード外部に露出したり、グレネード本体に何らかの特別な構造、機能を要求するものでなかったことが推察されます)。この重量600gのハンドグレネードの破片効果は全く強烈だったはずであり、このため装甲されたターゲットが考えられたものと推察される。


後書き
 燃焼信管を持つ柄付きハンドグレネードは第一次大戦後にいくらか変更され、柄付きハンドグレネード24として帝国陸軍に採用された。より小さい頭部と、その代わりより長い柄を持つこのハンドグレネードは第二次世界大戦終了まで使用された。燃焼信管を頭部に内蔵し、そのため改称された柄付きハンドグレネード43が採用された後も依然として。


 前回、および今回紹介されたハンドグレネードの一部はここに鮮明な画像つきで紹介されています。

http://meltingpot.fortunecity.com/utah/894/germangrenades.htm

 「傘型ハンドグレネード」を除きあまり目新しいものはありませんでしたが、有名なドイツの柄付き手榴弾がイギリス製のそれの模倣から始まったらしいこと、最初は着発信管付きだったことなど知らない情報も多かったです。遅延信管と着発信管のメリット、デメリットに関する記述にもなるほどと思いました。














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