航空テロとの戦い

 「Visier」2002年6月号に、航空機を狙ったテロへの対策その他に関する記事がありました。「EMB−A」の項目で触れた内容と関連しますが、いくつか認識の間違いがあったことも分かりました。


アメリカのエアマーシャルは、テロリズムとの戦いの最前線にいる。「Visier」は彼らが訓練を行うFAAトレーニングセンター内部の取材を許された。
 2001年9月11日、、アラブ人テロリストたちが3機のアメリカの定期航空便を乗っ取り、ニューヨーク、ワシントンDCに突入させた。4機目のユナイテッドエアライン93便はターゲットに到達しなかった。勇気ある乗客と乗務員がコックピットに突入し、犯人に攻撃を加えたからである。航空史上初めてとなるアメリカの法務大臣の特別の命令によって、遺族たちはブラックボックスに記録されたUA93便のコックピット内の音声テープを聞くことを許された。ラストの30秒には、生前の彼らの身内の声があった。
 この後も航空の安全は回復されなかった。12月22日、パリ発マイアミ行きアメリカンエアライン63便で再び事件が起こった。アルカイダの支援を受けたイギリス人イスラム教徒、リチャード・C・レイドが強力な爆薬を靴に仕込んで密かに機内に持ち込むことに成功したのだ。点火が試みられたが、スチュワーデスと乗客が協力してこれを阻止した。2.5週間もたたないうちに、ロサンゼルス発ラスベガス行きサウスウエスト1702便でまたしても事件が起こった。ニューオリンズ出身の36歳の乗客が靴を握ってスチュワーデスに攻撃を加えた。これにより機内は悲鳴に満ち、パニック状態になった。乗客は客室後部のドアに殺到し、これを開けようと試みた。このときも勇気ある2人の乗客がこの精神異常者を取り押さえた(頑住吉注:日本なら当然伏せられるところですが、原文には実名があります)。
 これら全ての事件にはある1つの共通点がある。それは、安全システムの第一段階、すなわち地上における入場手続き時の安全コントロールが機能しなかった、という点だ。犯人は機内に入ってしまい、その対処は乗客、乗員の冷静さと勇気にゆだねられたのだ。特にレイドの一件では、フランス警察の軽率さは底無しだったことが明らかになった。チェックカウンターで、1人の航空会社職員が「靴爆弾」男の行動の不審さにすでに気付いていた。彼は警察に通報し、警察は犯人を捕捉し、尋問していた。レイドは空の旅にふさわしい手荷物を持っておらず、旅の目的について説得力のある嘘を用意していなかった。それなのに航空警察は短い尋問ののちに彼を解放した。これによりレイドは翌日、予定されていたのとは別の飛行機に乗ることができ、事件を起こしたのだった。

航空機の安全は地上から
 航空機ハイジャック、空中爆破はオサマ・ビンラディンが考え出したわけではない。1960年代半ばから、アメリカでは毎週のように航空機がキューバに向けて「迂回」させられる事態が生じていた。続いて中東紛争に起因するパレスチナ人によるハイジャック事件がヨーロッパで多発した。
 イスラエルはハイジャック対策のため、世界でもベストの組織作りを行い、最も厳密な安全システムを開発した。国の航空会社であるAlElにおいては、乗客は全手荷物を検査され、尋問を受ける。このシステムには離陸まで何重にもなった長い過程があり、職員の観察力によっている。スチュワーデスもこのシステムに完全に組み込まれ、緊急時にそれを通報する役目を担っている。最終的に犯人と対決する武装した航空機護衛官は、地上から続く安全システムという長い鎖の最後の1ピースに過ぎないのである。AlElシステムは70〜80年代にいくつかの国で模倣された。ヨルダン、エジプトは当時東側であったにもかかわらず、ソ連にさきがけて武装した公務員を飛行機に同乗させた。
 東ドイツも1990年までに国家安全省の中に航空機護衛官を編成していた。その構成員は軍の対テロ特殊部隊から集められていた。
 アメリカでは、1968年にはすでにキューバ行きハイジャック事件の多発によって当時はまだ「スカイマーシャル」と呼ばれていた航空機護衛官が誕生していた。

9・11以後
 今日のフェデラル・エア・マーシャル(FAM)プログラムは、連邦航空局FAAの本来の安全システムを拡大したものが基礎になっている。これは、1985年、TWA847便がハイジャックされてアテネからベイルートに向かうよう命令され、2週間も解決しなかった事件から、当時の大統領ロナルド・レーガンが命じて作らせたものである。現在、FAMの重要性は急速に上昇しており、ブッシュ政権はこれを強化する巨額の特別予算を組んだ。短時間のうちに16万人の就職希望者が名乗りを上げた。多くは警察官、長年軍のエリート部隊にいた人材だった。この候補者の中から精神的、肉体的にベストコンディションな者が選別された。合格者は講習を受け、細分化され、実践的な訓練を受けた。
 我々は厳しい秘密保持契約ののち、FAM職員の訓練を行うニュージャージー州アトランティックシティにある William J.Hughesセンターの見学を許された。センターには3つのシューティングレンジがあり、多数のスチールプレート製ムービングターゲットがある。射撃訓練用の家屋内ではほぼ360度の射撃が可能で、臨場感あふれるビデオによる射撃訓練装置が備えられている。敷地内にはデルタ・エアラインが処分した実物のボーイング747が駐機され、訓練用として使用されている。機内では赤色の模造銃による訓練や、圧縮空気によってゴム弾、ペイント弾を発射する銃による訓練が行われる。
 エアマーシャルたちは講習期間中に6000〜10000発の実弾を発射する。この訓練の最後にはFAMタクティカル・ピストル・コースというテストが実施される。またこのテストは勤務期間中に定期的にリフレッシュ訓練としても実施される。テストは7ヤード(6.4m)の距離からウォームアップなしにFBIターゲットを撃つものである。

1、服の下のホルスターから銃を抜いて1発撃つ。これを2回。制限時間は最大1.65秒。
2、ローレディ安全ポジションからダブルタップ。これを2回。1.35秒以内。
3、ローレディから6発撃つ。ターゲットは単一。3秒以内。かつ各発射の間隔が0.6秒以上開いてはいけない。
4、マガジン交換を行ってから1発撃つ。これを2回。3.25秒以内。
5、3mの間隔をおいた2つのターゲットを1発づつ撃つ。これを2回。1.65秒以内。
6、180度振り向いてから服の下のホルスターから銃を抜き、3つのターゲットを1発づつ撃つ。これを2回。3.5秒以内。
7、膝をついた状態からマガジン交換をして1発撃つ。これを2回。4秒以内。


 FBIターゲットには中心部に5点と評価されるビン型のゾーンがある。その外側は3点である。全部で30発撃つので、最高点は150点となり、最低合格ラインは135点である。ただし、境界線上の命中弾は3点扱いとなる。
 「4万フィートの上空では半センチのズレすら許されないのだ!」トレーナーの1人は言う。
 センターには多くの人が訪れる。デルタフォースやネービーシールズのメンバー、USシークレットサービスの教官、海兵隊のスナイパーおよびピストル射撃の教官、そして少なくとも1人のFBIアカデミーの教官がここで訓練している。ここを卒業したエアマーシャルたちは必ずや将来その力を発揮してくれるだろう。そして少なくとも1人のドイツ人公務員が臨時聴講員としてここで訓練を受けたという。

エアマーシャルのツール(頑住吉注:別扱いの囲み記事)
 アメリカのエアマーシャルたちはどういう武器を使っているのだろうか。この質問に対する唯一の公式な回答は「SIGアームズの製品である。」という内容だ。機種、口径、弾薬の選択は公表されておらず、TSAもFAAも秘密扱いとしている。だが、アメリカの銃器専門誌は確信を持って、くりかえし「.357SIG仕様のP229である」と書いている。
 上空で銃撃戦が起こる、という恐怖のシナリオが数年来議論されている。多くの人(決定権を持つ警察幹部も含めて)の頭の中には、1966年の映画「ゴールドフィンガー」の1シーンが焼きついている。キャビンの窓を破った1発の弾丸が急激な圧力低下を引き起こし、その結果1人が機外に吸い出される、というものである。トミー・リー・ジョーンズが出演した最近の映画「アウフ デル ヤークト」の中でも.22口径弾が機体に穴を開け、墜落につながるというシーンがあった(頑住吉注:これはドイツ語題名で、たぶん「狩の途上で」といった意味だと思います。このニュアンスと出演者からたぶんあの映画だと思うんですが、見ていないので断言できませんし、ネタバレにもなるので触れません)。しかし、これらは真実とはかけはなれている。実際にはキャビン内部の圧力は、銃弾で穴が開かなくてもドアやハッチから常に抜け続けており、そこに新たに圧を送り込んで補充しているのだ。また、重要な操縦機能は安全のため2系統に分けられており、仮に片方がダウンしても当面支障がないよう配慮されている。したがって、たとえキャビンの壁をフルオートで撃っても映画のような事態は起こらない。最悪の場合窓が破れて大きな開口が生じる可能性があるが、その場合でもパイロットが機を急降下させ、空気の密な低空に達する時間的余裕はある。
 航空機護衛官にとって根本的に重要な問題はそういうことではなく、パイプ状のキャビンの狭隘さであり、混雑した狭隘なキャビン内部で短時間のうちに犯人の近くに到達する困難さである。そして、犯人の体を貫通した弾丸が乗客に命中する危険である。
 そのため、イスラエルは.22口径のホローポイント弾を使い、ドイツでは変形弾薬「クイックディフェンス1」をテストしているという。アメリカの第一世代のスカイマーシャル用弾薬はまだ.38口径リボルバー用であり、「ビーンバッグ」(豆の袋)と呼ばれるものだった。発射される鉛の粉を満たした小さな袋は、近距離において人体組織に大きな損傷を与えるが、貫通はしない。このタイプの「わずかな致死性」弾薬は現在でも生産されている。例えばセリアー&ベロットは強弱2種類の弾薬を販売している。赤いキャップのタイプは初速270〜350m/s、黄色いキャップは220〜280m/sである。
 一方イギリスはポリマーとビチューメンをミックスした「フランギブル」(こわれやすい)弾薬を採用した。アメリカではトリトン社がテロリスト制圧のための「プレミアムプラス・クイックショック」弾薬を発売した。開発したのはかつて「ハイドラショック」弾薬を開発したトム・ブルクジンスキーである。ホローポイントの弾頭はターゲット内部で拡張し、ジャケットは裂けて内部から3つの弾片が飛び出して別方向に進む。エクストリームショック社は9.11の大きな衝撃以後、一般に流通する全ての口径について新型弾頭を装備した製品をラインナップに揃えた(ここで示すデータは9mmパラベラムのもの)。この「エア・フリーダム弾薬」は、ブルーのキャップがついたホローポイント弾であり、タングステン・ニトリリウムに火薬を混合して作られている。この弾はハードターゲット内部ではこなみじんになる。弾頭本体は85グレイン(初速495m/s)で、人体内部ではマッシュルーミングしたのち、いくつかの大きな破片に分解することもありうる。同社はこれと並び、124グレインのこわれやすいホローポイント弾、先端に切れ目を入れたジャケッテドホローポイント弾、円筒形の弾頭の先端に星形のギザギザを刻んだ裂けやすい弾なども作っている。これらの弾の初速は5インチのテスト用バレルを使用して385m/sだった。


 「EMB-A」の項目で、ドイツ語の「フルグベグレイテル」(飛行機+護衛または同行者)という単語を「航空機護衛官」と訳し、その後新しい辞書にこの単語の訳が「スチュワード」と書いてあったため、「武装した客室乗務員」と解釈を訂正しました。しかし、これを読む限り、最初の解釈の方が正しかったようです。アメリカではかつては「スカイマーシャル」といい、今では「エアマーシャル」というようです。各国における「フルグベグレイテル」の身分は原則として「ベホーデン」(官吏)であり、「航空機護衛官」という訳はほぼ適切と考えられます。
 安全対策の基本は犯人を撃って制圧することではなく、地上で見分けて乗らせないことだ、というのは当然のことです。しかし不特定多数の乗客が乗る飛行機で完璧はありえず、航空機護衛官が犯人と対決する必要に迫られることはありうるわけです。同時多発テロ以後、アメリカはこのための人材を多数養成しています。引退した実物の旅客機が敷地に常設され、内部で射撃訓練が行えるというのはまさに理想的です。日本ではこれは難しいでしょうが、ドイツ人も訓練を受けたということですから、SAT隊員等も受け入れてもらえるかもしれません。注目したいのは、アメリカのエアマーシャルのテストでは距離がごく近距離(7ヤード)に限定されているということです。機内ではこれ以上の距離での射撃は事実上ありえないので必要ない、ただしこの距離において素早く、臨機応変に、正確に射撃することが厳しく要求されるというわけでしょう。
 「EMB-A」のとき私も「ゴールドフィンガー」を例に挙げましたが、これはありがちな誤解で、銃弾による機内の圧力低下や操縦系統の破壊によって航空機(少なくとも一定以上新しく、大型の旅客機では)が墜落するようなことは実際には起こらないということです。ただし、犯人のすぐ背後に乗客がいる可能性は非常に高いので、犯人の体を貫通することは許されないわけです。第一世代の航空機内用弾薬である「ビーンバッグ」は、私の想像とは異なり、発射薬が使用される強力なものでした。初速に関してはそれぞれ比較的弱装、強装の.38スペシャル弾と変わりません。重量は示されていませんが、鉛の粉が満たされている以上極端に軽くはないでしょう。おそらく裸の人体に命中した時にはかなりの威力があると思われます。ただし、衣服の上からの着弾では大幅に威力が減殺されてしまうのではないでしょうか。
 使用が近距離に限定される、貫通は許されない、大きなストッピングパワーが求められる、使うのは高度な訓練を受けたプロ、という条件からすれば、.45ACPが適しているような気がしますが、現在アメリカでは.357SIG仕様のP229が使用されているということです。一般的な.357SIG弾薬では貫通力が大きすぎると思われます。実際にどういう弾薬が使用されているのかは不明ですが、人体に突入すると即大きく変形、拡張、あるいは分裂する特殊な弾薬でしょう。いくつかの新しいアメリカ製特殊弾薬が紹介されていますが、個人的には「EMB-A」以上のものではないような気がします。そんなに多数の銃弾を発射する可能性は低いと思われますが、マガジン交換を素早く行うことが要求されること、普通に考えれば不適当ではないかと思われる貫通力の高い.357SIGが使用されることから、ひょっとして貫通力の低い特殊弾薬の他に、犯人がボディーアーマーを着用していた場合に使用するアーマーピアシング弾入りのマガジンも持っている可能性も考えられそうです。



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