EMB−A特殊弾薬


「BWJ」2003年8月号

「DWJ」2003年8月号に、航空機内で使用するためにオーストリアで新開発された特殊弾薬、「EMB−A」のレポートが掲載されていました。その内容を要約して示します。


航空機乗務員の武装用EMB−A弾薬は、二次被害なしにわずかな深度でエネルギーを発揮する

 我々DWJは、航空機内部で使用するための特別な課題に答えた最も新しい特殊弾薬をここに世界独占初公開する。

 航空機がハイジャックされた。乗客は高度1万mにいて、これを救うための対策がとられなければならない。
 航空機ハイジャックという犯罪が考え出されて30年、航空機乗員の武装の必要性はより増した。2001年9月11日以後、航空機乗務員の武装の必要性を見直す議論が沸騰した。その任務は単に乗客を守ることだけではなく、地上の人間を守ることにもなった。新しいテロリズムは民間機を都市中心部の人口密集地帯、原子力発電所などに突入、自爆させることも辞さないからである。もし乗務員が武装していれば、アメリカにおける悲劇的な出来事は明らかに防ぐことが可能だったと思われる。このためには、正しい武装と、適した弾薬を選択することが前提となる。しかし、どんな弾薬が適しているのだろうか。

問題提起
 2つの観点を考慮に入れなければならない。1つは、狭いキャビンの中で常に最適の角度で発射できるとは限らないということ。そしてもう1つはキャビン内部の圧低下を引き起こす危険があるため、壁を貫通してはならないということ。ほとんど常に、犯人の背後には乗客や航空機の重要な機能部分、隔壁があるが、これを傷つけることは許されない。
 この目的の弾薬には、本来は相反する2つの性質が要求される。一方ではその弾は犯人をできる限りただちに戦闘不能にする強い威力がなくてはならない。その一方でその体を貫通してはならない。従来の弾薬は全てこの片方を満足するものでしかなかった。たとえば、イギリスおよびイスラエルは.22lfB炸裂弾薬を選択している。この弾薬は比較的その用途に適し、信頼できるものである。命中するとわずかの深さで拡張し、極端に小さい範囲にしか効果を及ぼさない。したがって航空機の運行や乗客に危険を及ぼす可能性が小さい。しかし、この弾薬では犯人を即座に戦闘不能にすることは難しい。.22lfB弾薬の長所は、あくまでハードターゲットに対する貫通力が小さく、航空機の欠くことのできない設備を危険にさらす可能性が小さいということなのだ。もうひとつ、この特徴に秀で、航空機乗務員の武装にしばしば選択される弾薬がある。プライマーの上にプラスチックのキャップがあり、その上に袋に詰めた鉛の粉が入っているものだ。いわゆる非致命弾薬であり、「ショートストップ」の名で知られる。マズルを出ると袋は拡張し、ターゲットの表面にしか効果を及ぼさず、貫通力はきわめて小さい。したがって航空機自体に被害をもたらすことはない。しかし、この弾薬もストッピングパワーが低い。
 当然フルメタルジャケット弾はこの任には適さない。市場に存在するありあわせのホローポイント弾薬も明らかに貫通力が大きすぎ、乗客や航空機の構造を危険にさらしてしまう。

ヒルテンベルガー 前へ
 2000年のはじめ、オーストリア特殊部隊は、航空機内での使用に適した弾薬を弾薬メーカーのヒルテンベルガー株式会社に要求した。この会社はウィーンの近くにあり、1998年すでにEMB弾薬と呼ぶ警察用特殊弾薬を開発している(DWJ1999年6月号参照。頑住吉注:できねーよ)この弾薬はさまざまな特殊部隊によって使用され、その実力はすでに証明されている。ドイツにもこの革新的弾薬が大量に供給されている。ヒルテンベルガー社のハンティング、ミリタリー、ローエンフォースメント用弾薬開発責任者のカール・ハインツと、オーストリアの技術者および弾道学者であるユード・ヴィンターは、共にこの弾薬を開発し、成功を収めたが、今回新しい課題に取り組んだ。
 開発には4ヶ月しかかからず、2000年8月に航空機乗務員用特殊弾薬のプロトタイプが完成した。この弾薬はEMB弾薬を基礎とし、均質な素材からなり、高い拡張性を持つ5gの弾頭を備えていた。この弾薬はEMB−A(エクスパンシブ モノ ブロック エアまたはアビオニクス 頑住吉注:航空電子工学。これらはもちろんすべて英語)と名付けられた。

EMB−A
 この弾頭は特殊な銅合金からできていて、中央のポストのまわりに円筒形のジャケットに当たる部分がある。ここにはあらかじめ切れ目が入っていて、ソフトターゲットに命中すると6つに裂ける。9mmパラベラムの場合、直径は9mmから17mmに広がる。横断面が極大化することによって弾に内在するエネルギーはただちにターゲットに移される。
 DWJは、バリスティックゼラチン(20%、20℃)によるテストを実施した。初速は銃のタイプにより、420m/sから500m/sの間となった。最も低い420m/sという数値は、バレル長が88mmしかないグロック26によって得られたものである。この10連発のハンドガンは、コンパクトピストルの基本的な装備として、多くの特殊部隊や航空機乗務員によって使用されているものだ。弾丸は、ゼラチンブロックにちょうど15cmの深さまで侵入していた。
 冬季装備を想定し、ゼラチンブロックに4枚のユニフォーム用布地と2枚の人工皮革をかぶせての実験では、弾丸は完全に拡張し、14cmの深さまで侵入していた。
 弾道学上、これは全てのエネルギーがわずかの深度で完全に消費され、ターゲットに最大の効果を与えたことを意味する。命中によって致命的な傷は与えず、最大の確率で即座に行動不能にできるのだ。

残るリスク
 EMB−A弾薬は前述の2つの相反する要求に答え得たものと言える。すなわち、高いストッピングパワーを持ち、乗客や航空機に対する危険性は低い、という性質を持っている。
 厚さ30mmの20%ゼラチンを用意した。これは厚さ35mm程度である普通の人間の手のひらと同じ貫通しやすさと考えられる。最初のテストでは、ハイスピードカメラで貫通の瞬間を撮影した。全ての写真で、弾丸は浅い部分で完全に拡張していることが確認された。これほど反応が早いホローポイント弾はかつて存在しなかった。しかも、EMB−A弾薬は、従来のホローポイント弾より明らかにゼラチンに大きな裂け目を作り、大きなエネルギーを放出していることがわかった。
 2つ目の実験は、このゼラチンターゲットの後方50cmのところに、航空機の外皮モデルを立てて行った。まず手前に航空機の気密材の役割をする特殊なプレス金属板を置き、その後ろに航空機の外皮と同じ材質、厚さの金属板を立てた。まず、5mの距離からフルメタルジャケット弾、従来型ホローポイント弾を撃った。結果は予想通り、両者ともゼラチンを貫通した上で2枚の金属板をともに貫通していた。この結果からEMB−A弾薬の結果も危ぶまれたが、10発とも1枚目の金属板に突き刺さって停止していた。EMB−Aは手のひらの厚さに相当するゼラチンターゲットを貫通した後、依然かなり高い残存エネルギーを有しているが、そのときには横断面積が極めて大きくなっているので飛行機の外皮を貫通することはないのだ。同様に、乗客が危険にさらされる可能性も小さいのである。

命中精度と作動確実性
 射撃マシンにより、長さ100mmの固定されたバレルにおける命中精度を計測した。10発をさまざまな距離から発射したが、25mの結果では、弾痕の中心から中心までの距離が、全て30mm以下となった。最もよいものは23mm、もっとも悪いものでも29mmだった。より現実的な実験として、グロック26の両手保持での計測も行ったが、結果は60mm以下となった。短いバレル、25mという比較的遠距離という条件にしてはいい結果であり、この弾薬の適性が確認できた。また、さまざまな銃から射撃しても作動確実性に問題は生じなかった。

展望
 武装した航空機乗務員は、ただ政治的配慮から配置して対策していることをアピールするだけでなく、テロリストに対して実際に効果の大きい武器を使用しなくてはならない。このためには、この目的に合った効果の大きい弾薬が必要である。EMB−Aの開発者は、この要求にパーフェクトの回答を出した。EMB−Aはターゲットに対する最大の効果と、二次被害の可能性を減らすことに成功し、航空機乗務員の使用弾薬として、現在トップの立場にある。


 中見出しの「ヒルテンベルガー 前へ」というのは、小林源文氏が「パンツァー フォー」を「戦車前へ」と訳しているのにならったもので、ここでは「さあヒルテンベルガー、出番だ」といったようなニュアンスでしょうね。
 本題のEMB−Aの前に2つの特殊弾薬が登場しています。イギリスとイスラエルが使用している.22lfBというのは何だろうと思って検索してみると、ドイツ語のサイトばかりがヒットしました。それを見ると、どうもこれは特殊弾薬固有の名前ではなくて.22LRのドイツ式表記のようです(.22ショートは.22K=クルツというようです。また、ドイツでも.22lrと表記することも多いようです)。たぶんここで言っているのは.22LRの弾頭にごく少量の炸薬を入れ、命中と同時に炸裂、拡張して深く貫通しないようにした特殊弾薬のことのようです。ちなみに「別冊GUN Part2」には、拳銃用炸裂弾薬は対ハイジャック用に開発されたものといわれている、旨の記述がありました。
 一方「ショートストップ」というのは、書き方から発射薬は入っておらず、プライマーの力でプラスチックのキャップを押し、それに押される形で鉛粉入りの袋が飛ぶもののようです。プラスチックのキャップはショットガンにおけるワッズのように、袋では気密が充分確保できないのでこれによってプライマーによる発射ガスを封じてパワーを引き出すのではないかと思います。
 暗殺や消音目的ならともかく通常戦闘用のハンドガン用弾薬に.22LRを採用している軍、警察はないわけで、.22LRでは明らかに威力不足です。しかもターゲットの表面で炸裂して深部に到達しない弾ではここに書かれているように犯人を即時に戦闘不能にする効果はなかなか期待できないでしょう。ましてプライマーの力だけで袋詰めの鉛粉を飛ばすものではたぶんスリングショットと大差ないくらいの威力しかないでしょうし、あまりに頼りなさすぎます。しかし、従来は安全を考えれば、少なくとも高空を飛行中は事実上こういうものしか使えなかったわけでしょう。下手をすれば「ゴールドフィンガー状態」ですからね。

EMB−A断面 EMB−A拡張状態

 問題のEMB−A弾薬というのはこういうものです。左は断面図、右はソフトターゲットに命中して拡張した状態の外観です。開いた状態はまるでお花です。
 形状としては、従来からある「ハイドラショック」ホローポイント弾に似ていますが、中央のポストが非常に太いこと、切れ込みが極端に深い(カッタウェイ写真で見ると薬莢の先端と切れ込みの最深部が同じ高さにある程度のようです)こと、そして均一の材質でできている点が異なります。ハイドラショックなどの場合、着弾時の拡張はかなり偶然に頼っており、場合によっては中央のポスト部分がちぎれて深く貫通したり、開いた部分がちぎれたりすることもあるようです。EMB−Aではそんなことがないように、全体を強い材質で作り、あらかじめ深い切れ込みを入れて、ソフトターゲットに着弾しさえすれば即時に、均一に、完全に拡張し、しかも開いた部分が脱落しないようにした、ということです。ポストは、均一に拡張しやすいため、また横転して比較的抵抗の少ない角度に変化したりしないためといった理由でしょうか。特殊弾薬といっても奇をてらったものではなく、形状や材質を見直してこの目的に合った最大の効果を狙ったもので、実用性は高そうです。材質は特殊な銅合金としか書いてありませんが、通常の弾のジャケットにあたる銅そのものではソフトターゲット侵入時に即時拡張しないでしょうし、鉛だけでは拡張しても砕けたりちぎれたりしやすいので、理屈からいってその中間くらいの性質を持つ合金と考えられます。通常の弾は銅のジャケットと鉛のコアに分かれていますが、それを合わせて均質な材質にしてみた、という感じではないでしょうか。銅と鉛の合金はケルメットといって、戦時中の航空機エンジンの軸受けに使われたそうですが、たぶんそれに近い材質であろうと推測します。弾頭が軽いのは銅の比率が高いためなのか、切れ込みが深くて中空部分が大きく、結果的に体積が小さいためなのか、その両方なのか、よくわかりません。写真で見る限り、色目は銅にかなり近い感じに見えます。
 初速が異様に速いのは弾頭が軽いせいです。9mmパラベラムの場合、初速350m/s、弾頭重量115グレインというのが標準的なところで、これは約7.5gにあたります。EMB−Aは5gということで、2/3しかないわけです。初速が速いのも当然ですね。高速なのもソフトターゲット侵入時に即時拡張しやすいためでしょう。また、エアソフトガン用のBB弾でも、軽量の弾は初速が速いものの空気抵抗によって減速しやすい性質があるように、軽い弾は抵抗に会うと重い弾より減速しやすい性質があります。FN−P90やH&K PDW(MP7)の超軽量弾頭は、硬く尖った弾頭によってボディーアーマーやヘルメットに対する貫通力が高めてあるものの、人体のようなソフトターゲットに対しては9mmパラベラム以下の貫通力しかなく、威力不足であるとするアメリカの弾道学者もいるそうです。EMB−Aが極端に軽量なのは、人体に対する貫通力を弱める目的でしょう。形状も、軽量高速という性質も、計算されつくしたものというわけですね。通常より軽量高速ではありますが、外形やエネルギーそのものは通常の弾薬とさほど変わらないものになっており、命中精度や作動確実性に問題がないのもうなずけます。均質ではあっても、形状から生産しにくそうな気がしますが、まあ仮にコストが高くても、大量に使用するものではないので問題ないでしょう。使用はどうせ近距離に限られるわけですし、訓練は射撃フィーリングの比較的似た軽量高速弾を使えばいいはずです。
 しかし、記事全体としてちょっとほめすぎというか、メリットばかりを強調しすぎているような感じがします。まず、「致命的な傷を負わせない」と言い切ってますが、こんなもんあたり所によっては死ぬに決まってますよね。犯人を狙った弾がそれて乗客を殺してしまう可能性は厳然とあるわけです。また、薄いゼラチンを貫通した後に金属板を貫通しないことをもって航空機の構造に危険がないというのもちょっと違うでしょう。裸のゼラチンと服を着せたゼラチンの貫通深度に1cmしか違いがないのは、人体やゼラチンのようなソフトターゲットにあたれば即座に拡張するが、それ以外のターゲットではあまり変形せず、比較的無抵抗に貫通してしまうことを示すと思われます。確かに犯人の武器を持った手のひらを貫通した上で壁にあたった場合は貫通しないかもしれませんが、弾がそれて直接あたったらそりゃ貫通しますよね。ですからこの弾は従来の通常弾よりは危険性が低いものの、2つ挙げられている従来の機内用特殊弾薬よりは明らかに危険が大きいわけです。また、浅くしか貫通しないということは、命中しても犯人の体内の深部に到達せず、戦闘力を即時に奪えない可能性もあります。そういう意味ではこの弾は威力と貫通力の低さという相反する2つの要求を両立させたというより、従来とは別のポイントに妥協点を求めたにすぎないという気がします。また、最初「常に最適の角度から撃てるとは限らない」点がこの用途に重要だと強調しておきながら、その後の実験などでこの観点が全然出てこないのはちょっと不自然な気がしました。この弾頭形状や材質から、浅い角度で着弾した場合充分拡張しないことも考えられ、拡張しないまま表面近くで横転したりしたら意図しないほど深く貫通する可能性もあるんではないでしょうか。実験でそういう結果が出たが、記事にする段階で内容からはずしたのでは、というのはうがちすぎでしょうか。私も雑誌に関係していましたが、「世界独占初公開」という記事のための取材を許されているとき、その製品の欠点を率直に指摘することは困難なことです。それなら記事にしないというのでは多くの人に情報が伝わらないわけで、こういう場合は、いやこういう場合でなくとも、読者の側が批判精神を持つべきなわけです。というわけで、私個人にはこの弾薬がここで論じられているほどパーフェクトなものだとは信じられません。
 ただ、冒頭で触れられているように、ハイジャックそのものが同時多発テロ以来変質してしまったのは事実です。人口密集地や原発に突入される前に空軍の手で撃墜する可能性すら論じられています。このままでは犯人の手で目標に突入するか空軍に撃墜される、いずれにしても座して待てば全員死亡以外に可能性はありえない、というとき、危険は承知で犯人に発砲しなくてはならない事態も考えられるわけです。このとき、EMB−Aは従来の機内用特殊弾薬より有効に犯人を制圧できる可能性が高く、従来の通常弾薬より巻き添えで乗客を殺傷したり隔壁を貫通して墜落につながったりする可能性が低いのは確かです。航空機を操縦している犯人を背後から撃って、貫通した弾が精密な操縦機器を破壊してしまう可能性も低いはずです。。そういう意味では存在価値は充分にあるでしょう。従来こういうものがなかったのは、技術的に不可能だったとか、アイデアが浮かばなかったというよりは、従来は従来の機内用特殊弾薬程度のリスクしか許容されなかったが、これからはこの程度のリスクまでやむを得ない場合がある、ということなのかもしれません。もちろんこんなもの使われないのがいちばんですね。また、航空機とは関係ないですが、ひょっとしたらこの弾薬は日本警察向きかもしれないと思いました。



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