超大型の輸送機は戦略投入に必須? その2

http://military.china.com/important/11132797/20160616/22886001_2.html


2.中国の未来のC929旅客機は「先軍後民」の道を行っても良い

中国の旅客機の現在最大の問題は終始国産化率にある。現在国内航空工業の能力不足、軍民用技術の相互転化効率の低下、西側の航行適性認証体系に対する掌握程度が不充分などの原因により、国内旅客機が市場競争力を持つためには、大量に西側諸国の機載設備を採用する、甚だしきに至っては多くの設計を委託することが必須である。だがこれによりもたらされる問題は、厳格な授権の制限により、本国が研究開発する旅客機が逆に軍事用途に応用し、国防に身を投じることができない結果がもたらされることに他ならない。

(頑住吉注:原ページのここにある画像のキャプションです。「画像:C919の設計時軍用バージョンが計画されなかったことは非常に人を遺憾にさせることである」)

例えばC919は、それ自体運ー8に取って代わるのに用いる、中型早期警戒機を開発する、対潜機を作る、いずれにも極めて良い選択肢である。だがこの機のエンジン、飛行コントロール、航空電子設備は全て欧米に依存し、しかも設計過程の中で完全国産化バージョンの余地が残されておらず、それを予見できる将来ずっと軍隊に装備できなくさせている。だが実際には技術能力から見て、一部の性能の低下、信頼性や維持保護性が劣ったものに変わる代価をもって、現段階で完全国産化されたC919を軍用とすることは完全に実行可能なのである。

(頑住吉注:原ページのここにある画像のキャプションです。「画像:アメリカの新型P-8A対潜機。内部に5つの弾薬庫と外部に6つの武器搭載ポイントがあり、ミサイルや魚雷武器、および潜水艦に照準を合わせた磁気異常探知計測などのシステムが搭載できる。この機はボーイング737プラットフォームをベースとし、C919と同じクラスである。」)

C929の上ではこの問題を避ける必要がある。方案計画の初期、特別に軍用タイプの互換設計をうまく行うことが必須である。軍用版C929は国産設備に立脚し、あるいは軍用の授権問題が存在しない輸入製品を採用することが必須である。例えば我が国には現在まだ16トン級、32トン級の高バイパス比ターボファンエンジンが欠乏している(渦扇-20は12〜13トン級のはずである)。C929の民間用バージョンは双発32トン推力の欧米のエンジンを採用し、エンジンの購入費用や燃料消費を節約してよいが、軍用版は4台のロシア製PS-90Aエンジンを採用することができる。

(頑住吉注:これより4ページ目)

(頑住吉注:原ページのここにある画像のキャプションです。「画像:ロシアのイリューシン-96はまさに最大離陸重量250トン級の大型機である。そのPS-90Aエンジンは国内にとって短期間内非常に良い応急の選択肢である」 これも前のページの末尾の画像のキャプションでしょう。)

エンジンの搭載ポイントの構造と燃料、機械、電気インターフェイスの形式の、異なる方案の互換性設計の他、C929にはさらに国産代替品の実際の状況を考慮することが必須な非常に多くのその他の部分もある。例えばC919の液圧システムには、アメリカのイートン社の35MPa製品が採用されており、体積が小さく重量が軽くパワーは大きい。現在国内の航空液圧技術能力は、まだ28MPaを飲み込んだばかりの段階で、C929にもし軍用版を開発する必要があれば、きっと液圧システムの分布設計の中で、体積重量が比較的大きい国産システムのためにより大きな取り付けスペースなど設計上の資源を留保する必要がある。

事実、我が国が現在C929を研究開発するのはすでに基本的に西側メーカーではなくロシアとの協力がそのムードである。ならば何故思い切ってさらに一歩進んで、先にC929の軍用バージョンを開発し、空中給油機、大型早期警戒機のプラットフォームに用い、軍用バージョンの成熟を待った後、さらにより先進的で、より経済性を持った民間バージョンを市場に押し出さないのだろうか。

アメリカのボーイング社の成功はまさに意図的かそうでないかはともかく先に軍、後で民の道を行った。ボーイングは最初に大胆に4発ジェット大型機を開発して、米軍に気に入られた後大量受注が押し寄せた。これこそKC-135空中給油機である。KC-135受注の保障があって、さらに着実に大型4発機民間旅客機を開発した。これこそKC-135と同じプラットフォームのボーイング707旅客機である。これよりボーイングは一挙に覇主の地位を固めた。

3.いかにソ連の早期警戒機と給油機いずれも旅客機プラットフォームを採用していないことを扱うか? (頑住吉注:ここからは余談っぽい内容です。)

ソ連のA50系列早期警戒機とイリューシン-78早期警戒機は、いずれもイリューシン-76プラットフォームを基礎に開発され旅客機を使用していない。主要な原因はA50に当時使用に合った旅客機プラットフォームがなかったことで、一方イリューシン-78の時はソ連が計画思想の上で過ちを犯したのである。

(頑住吉注:原ページのここにある画像のキャプションです。「画像:A50プロジェクトはツポレフ-126早期警戒機に取って代わるのに用いられた」)

A50計画は1960年代末期に始動し、当時ソ連は新世代の「熊蜂」機載早期警戒システムの生産を開始し、もって古い「キノコ」システムに取って代わらせた。選択肢たる3つのプラットフォームはそれぞれ前の世代の早期警戒機ツポレフ-126が採用したツポレフ-114旅客機プラットフォーム、ツポレフ-142M対潜機プラットフォーム、ツポレフ-154およびイリューシン-62だった。

ツポレフ-126/142はいずれもツポレフ-95二重反転ターボプロップ戦略爆撃機の派生型で、騒音振動が極めて大きく、ソ連人自らもこのプラットフォームに満足していなかった。ツポレフ-154は3発ジェット旅客機だが、離陸重量が100トンしかなく、ツポレフ-126/142系列の180〜190トンの離陸重量とはあまりにもかけ離れ、実際上性能は「熊蜂」システムを搭載するのに不足だった。

(頑住吉注:原ページのここにある1枚目の画像のキャプションです。「画像:ツポレフ-154旅客機。トン数が小さすぎ、しかも垂直尾翼のエンジンにも早期警戒レーダーシステムの装備に対し非常に大きな干渉と制限があった。」 続いて2枚目。「画像:ツポレフ-142対潜哨戒機のトン数は充分で、航続時間も長かったが、その騒音、振動は極めて大きかった。」)

当時ソ連のイリューシン-62旅客機の最大離陸重量は160トンを超え、使用に充分だったはずである。だがこの機は珍奇な4発を尾部に搭載するレイアウトを採用し(正常な状況では双発を採用する)、全機の重心が深刻に後ろ寄りになる結果をもたらし、バランス設計には深刻な欠陥が存在し、早期警戒機への改装には全く適さなかった。この種の背景の下、イリューシン-76はすでに当時最もソ連の早期警戒機のプラットフォームに最も適していたのである。

イリューシン-76の燃料消費率は高く、それを基礎に改装されたA-50早期警戒機の空中勤務執行時間は4時間でしかなく、同様の基準の下、米軍のボーイング707旅客機プラットフォームをベースとしたE-3早期警戒機の勤務執行時間は8時間に達し得、両者の差は倍に達する。

(頑住吉注:これより5ページ目)

画像:設計に欠陥が比較的多かったため、イリューシン-62はソ連内部で受けた評価も非常に低く、特に民間航空総局ではそうだった。この機は1963年に試験飛行し、67年に使用に投入されたが、1970年になってもやっと25機生産されただけだった。

一方イリューシン-78の設計時、ソ連は空中給油と輸送能力を併せ配慮することを企図し、イリューシン-76に対し軽度の改良をしただけで、貨物キャビン中央に2つの大型で素早く着脱できる大型燃料タンクを加え、全部の貨物輸送ゲートや積み卸し設備を留保した。最大燃料供給能力はこれにより比較的弱く、機体内燃料タンクの容量は28トンである。

イリューシン-78T(基本型)は何年か用いた後で最終的にこのような設計には実際の価値はないと分かり、イリューシン-78M(後期標準型)では左側の機クルー人員ハッチ、貨物ゲート、貨物積み卸し設備が廃止され、機体内燃料タンクの容量が36トンにまで拡大され、給油機に専心した。振り返ると、イリューシン-78は正真正銘回り道を行った。

(頑住吉注:原ページのここにある1枚目の画像のキャプションです。「画像:イリューシン-78空中給油機。機体内に2つの大型付加燃料タンクが設けられている。」 続いて2枚目。「画像:イリューシン-78は途中で職を変え、2つの便宜をいずれも占めることを企図し、結果としていずれもあまり喜ばれなかった。」)


 旅客機の軍用タイプを先行させ、しかもサイズが大きい国産の機械に合わせてスペースを留保した設計にするなどというのはちょっと本末転倒な気がしますが、中国では軍事最優先、民間は不便を甘受するというのもありなんですかね。


















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