弾丸の運動量と効力

 先に「効力と効果」と題する論文を紹介しました。今回はそれの続き、「DWJ」2004年1月号に掲載された、「弾丸の運動量と効力」です。


シリーズ:効力と危険性の間 その2

弾丸の運動量と効力

弾丸の効力は銃器を扱う者全てにとって興味深い。だから弾丸の効果ポテンシャルを計測し、また評価しようとするたくさんの判断基準が存在する。そのいくつかをここで批判的に論評しよう。
 
 19世紀の終わり以来、計測や把握された多数の実例からの統計的算出により、弾丸の効力を研究する作業が常に繰り返されてきた。この種の研究のうち最初のものは医師たちによるものだった。医師は弾丸による傷に接する機会が多いからである。有名な外科医であり、医者としてノーベル賞を受賞した最初の人物でもあるTheodor Kocher博士(ベルン大学教授)は19世紀の終わりに、「lebendige Kraft」(今で言うエネルギー 頑住吉注:直訳すれば「生きている力」でしょうか。)という本を出版した。この本は効力の基準となる弾丸の力に関するものだった。
 1908年にはイギリスの軍(外科)医C.G.Spencerが「Gunshot Wounds(銃創)」という本を出版した。この本の中で彼はこう書いている。

「弾丸の傷を作る効果は次の2つに依存している。
1、その(運動)エネルギー。
2、命中によってそのエネルギーを(破壊)力として体に移す能力。」

 2つめの点に関し、スペンサーは(変形弾に関する説明の中で)、組織を破壊するこの能力は弾丸の横断面積の拡大によって増大する旨言及している。
 スペンサーが挙げた2つの点は、今日の観点から見ても正しい。しかし残念ながらこれらの正しい指摘は、20世紀前半に間違ったイメージによって押しのけられてしまった。
 それは、今だに広まっている弾丸の効力に関する見解、すなわち1発の弾丸の効力が攻撃してくる敵を「阻止する」あるいはそのものずばり「ひっくりかえす」ことができるという誤解の発生によってである。文献の中、あるいは日常会話の中でこのイメージは「ストッピングパワー」などの言葉に反映されている。これはつまりその人が、弾丸に攻撃してくる敵の運動を(機械的に)停止させる能力があると見なしていることを意味している。
 何故このような間違った考えがしぶとく残り続け得るのかを考えると、その原因のひとつは、おそらく映画の中での銃撃戦シーンにおける適切でない描写に求められる。そこでは撃たれた人間がしばしば遠くへ吹き飛ばされている。
 
弾丸の運動量の物理学的考察
 物理学的な見地から、弾丸の運動の体への転移という問題を考えてみよう。これは運動量保存の法則という根本原則に基づいて行われる。弾丸の運動が最も効率的に体に転移するのは、弾丸が体に突入した瞬間に停止する場合である。これは体が全く柔軟性なく弾丸を受け止めた場合に起きる。弾丸の運動量は次の数式で表される。

弾丸の運動量 = 弾丸の質量 × 弾丸の速度

 着弾後、弾丸を受けた人の質量は弾丸の分だけ増加する。着弾後の体の運動量は次の数式で表わされる。

着弾後の体の運動量 = (弾丸の質量 + 着弾前の体の質量) × 着弾後の体の速度
 
運動量保存の原則により、2つの数式の弾丸の運動量着弾後の体の運動量は等しい。だから着弾後の体の速度は、

                       弾丸の質量
着弾後の体の速度 = ――――――――――――――――― × 弾丸の速度
                 弾丸の質量 + 着弾前の体の質量


 となる。

 たとえ非常に重い弾丸を仮定し、弾丸が人体に突入した瞬間に停止したとして計算しても、人体が「後方に飛ばされる」速度はまったく取るに足りないものにしかならない。いくつかの例を挙げてみよう。
 .45ACP(弾丸の質量=14.9g、弾丸の速度=260m/s)の弾丸が、着弾前の体の質量80kgの人体に命中したとする。この場合上に示した数式に基づく計算により、着弾後の体の速度は0.05m/s、つまり毎秒5cmとなる。こちらに襲いかかる敵の運動が毎秒約2m/sだと仮定する。例に挙げた計算によれば、着弾後この運動が1.95m/sに減じることになる。これは現実的には感じられない程度の減速率に過ぎない。
 もうひとつの可能性として、人体が立っている地面を基準に回転運動することを考慮してみよう。地面に立った人間がそれより上の例えば胸のあたりを突かれれば、回転運動を起こす。しかしこれを計上しても大きな変化はない。地球の重力は計算外として、立っている人間が地面に倒れる、つまり90度回転するまで10秒かかる計算になる。
 このような、すでに皆に認められた理論的考察は、実際に実験によって確認されてもいる。アメリカの有名な法弾道学者Alex Jasonはボディーアーマーを身につけ、.308ウィンチェスターで自分を撃たせるという実験を行った。この間彼は片足で立っていた。着弾によって彼は1回も、よろめきすらしなかった(計算上着弾後の体の速度は約10cm/s)。
 .45ACPの例同様、体重80kg、弾丸が体に突入した瞬間に停止した場合を仮定して計算すると、着弾後の体の速度は9mmルガーでは3.5cm/s、.44レミントンマグナムでは8.6cm/s、12/70ショットガン用スラッグ弾ですら15.8cm/sにしかならない。
 何故弾丸が人体をひっくりかえすなどということが起こり得ないかに関しては、もう一つ考察すべきポイントがある。着弾によって人体に伝わる弾丸の運動量は、射手が発射時に受けるそれより常にいくらかは少ない。もし弾丸の持つ運動量が相手をひっくりかえすのに充分な大きさならば、作用反作用の法則により、射手も必ず反動によって後ろにひっくりかえるはずである。この観点から西部劇をもう一度見てみよう…。
 弾丸を受けた人が後ろに飛ばされるイメージの普及は、第一にいわゆる「Relative Stopping Power」(RSP)によってもたらされた。これは1935年、Hatcherが弾丸の効力を計測するものとして導入したもので、弾丸の運動量(質量x速度)をベースにしている。

Hatcherの「Relative Stopping Power」
 Hatcherは弾丸が持つ効力の大きさを以下のように定めた。

RSP=0.01793 × 弾丸の質量(g) × 弾丸の速度(m/s) × 弾丸の先端部の面積(cu) × f

 0.01793というのはHatcherの使用したアメリカの単位を換算するためのものだ。
 は弾丸の種類による形状要因を考慮に入れるためのものだ。

フルメタルジャケットラウンドノーズ=0.9
レッドブレットラウンドノーズ=1.0
セミワッドカッター=1.1
ワッドカッター=1.25
セミジャケット=1.25〜1.35


 こうした形状の価値は「弾丸が尖っていなければいないほど効果は大きくなる」という原理に基づいているようだ。今日でもこの価値は経験的に決めるしかないのであり、「尖っていない」弾丸はより大きなエネルギーを体に伝えうるとされる。したがってこれは効果を判定するための手がかりとなりうる。

いわゆるノックアウトバリュー

 弾丸の運動量をベースに弾丸の効力を計るもう一つの公式が、Taylorが1948年に提案したいわゆる「ノックアウトバリュー」だ。彼はイギリスのビッグゲームハンターであり、猟銃の弾薬を評価する公式を開発した。これによれば運動量(弾丸の質量 × 弾丸の速度)に加え、さらに口径を計算に入れている。

KO=0.000285 × 
弾丸の質量(g) × 弾丸の速度(m/s) × 口径(mm)
 0.000285というのはTaylorが使用したイギリスの単位をメートル法に換算するためのものだ。
  
 HatcherのRSPと異なり、弾丸の先端部の面積ではなく、口径が使用されている。また、KOでは弾丸の構造上のデータ、例えば変形能力が計算に入っていない。このため、この公式は効力の判定には全く役に立たない。
 
核心部分をもう一度言っておく。
 銃の弾丸が(ハンドガンであろうが長物であろうが)その運動のみによって敵を押しとどめたり、投げ飛ばすなどということはありえない。そんなことをするためには何kgもの質量を持つ弾丸が必要である。
 弾丸の運動量は弾丸の効力を判定するのには不適当と考えられる。次回はこれに運動エネルギーと言う観点を加えて話を進めよう。


 根からの文系人間である頑住吉には非常に難解でしたし、たぶん細部にはだいぶ誤りや不適切な用語の使用があると思いますが、大意はつかめていると思います。
 「運動量」と訳している言葉はドイツ語では英語のインパルスにあたる言葉です。これが「運動量」を意味していることを理解するまでにいろいろ検索が必要でした。「運動量」というと日常用語では「水泳は運動量があるから痩せるよ」といった使い方をしますし、私もそれしか知りませんでした。まあ大昔学校で習ったのかも知れませんが、忘れたかそもそも当時から理解していなかったかでしょう。ここでいう「運動量」はそういう日常用語とは全然違う物理学の用語であり、物体が運動する場合の、その物体の質量と速度の積を指します。で、ある運動する物体が別の物体に力を及ぼした場合、結果的な両者の運動量の和は変化しないという「運動量保存の法則」というのが働きます。ですから例えば重量何キログラムのボートに体重何キログラムの人間が秒速何メートルで飛び乗ったら、結果的にボートが秒速何メートルで動き出すかなんていうことが計算で出せるわけです。これと同じ理屈で、重量何グラムの弾丸が毎秒何メートルで体重何キログラムの人間に突入した場合、結果的に人間の体が毎秒何メートルで動き出すかというのも計算で出せることになります。いろいろロスがあるんで実際にはこの計算上の速度より遅くなりますが、これより速い速度で動き出すことはありえないというわけです。実際計算してみると、弾丸の重量は体重に比べて問題にならないくらい小さいので、取るに足らない速度にしかなりません。また、仮に弾丸に敵の体を吹き飛ばすような運動量があれば、作用反作用の法則に基いて射手も後方に吹き飛ばされなくては理屈に合わないというわけです。そう言われりゃ確かにそうでしょうな。
 日本のトイガンマニアにとって最も印象的なシーンのひとつはたぶん「ダーティーハリー」のラストシーンでしょう。有名な「お前が何を考えているか分かるぜ。俺がもう6発撃ったか、それともまだ5発か」云々のセリフの後、銃を取ろうとしたスコーピオンに向かってハリーの.44マグナムが火を吹き、スコーピオンは数m吹っ飛んで川に落ちます。しかし、ロケット弾や無反動砲、地面に据えつけて撃つ大砲とかなら別ですが、人間が保持して撃つ銃の弾丸の運動のみで敵が遠くまで吹き飛ばされるなどということは物理学的見地からしてありえないわけですね。筆者のDr.Beat Kneubuehlは「不適切な表現」と言い、弾丸の効力に関する誤解の責任があるとほとんど非難しているようなトーンですが、まあ私はこういった映画の演出上の嘘はあってもかまわんだろうと思います。ただフィクションの世界なら嘘があっても事実上害はないですが、現実問題に関し「.45ACPは打撃力が強いから、貫通できなくてもボディーアーマーを着た敵をぶっ倒せる」なんて理由で.45ACPを選ぶべきだなんてことを言う人は実際にいるわけで、こういう理屈が分かっていないと有害な間違いが生じるかもしれません。
 ここでDr.Beat Kneubuehlは弾丸の効力を測定しようとする数式のうち、運動量をベースとした古いものを2つ挙げ、「レラティブストッピングパワー」は一部認めているものの、「ノックアウトバリュー」は全否定しています(ちなみにまぎらわしいですがこれはいわゆる「ノックアウトパワーファクター」「KOPF」とは全く別のものですね)。結局弾丸の運動量は効力を計る物差しとして不適当だ、というわけです。さて、それでは運動エネルギーならば適切な物差しになりうるんでしょうか。C.G.Spencerの評価を見れば、原則なりうる、ただしエネルギー量のみでなくそれをいかに有効に人体に伝えうるかも重要、という話になっていきそうに思えますが、どんなもんでしょう。しんどいですが、もっと複雑な数式が出てこないのを祈りつつ(笑)、次回を待ちたいと思います。

 と、ここまで書いたところで次号が入手できました。タイトルはずばり「弾丸のエネルギーと効力」です。数式は普通のエネルギーの計算式だけしか出てこないようでちょっとほっとしました。






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