旧日本軍の怪異な戦術?

 日中戦争に関する「歴史秘話」ものです。

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第二次大戦の怪異な戦術:日本軍が銃剣格闘で弾薬を抜いたことの真の原因

第二次大戦の中で、日本軍は白兵戦の前、まず弾薬を抜いてその銃剣格闘した。これは怪異にして人の注目を引く戦術である。これは日本軍の歩兵規則の規定であり、火器の時代にあってこの規定は見たところ時代遅れなので人を困惑させる。しかし、これは決して「あくまでメンツにこだわって受難する」(頑住吉注:慣用句)ではないし、「武士道の尊厳」を守るためだけでもなく、日本の軍隊が実戦経験を根拠に出した結論であり、これは日本軍の兵器、作戦の特徴と相互に合致していたのである。

日本軍が白兵戦の前に弾薬を抜いたというのは、双方が分隊以上の規模の近距離格闘を開始する時を指しているのであって、格闘、突撃しようとする時は必ず弾薬を抜いたというのではない。それは全くの自殺行為である。

当時の各国の軍隊は突撃の時弾薬を抜いてはならないだけでなく、全体の過程で全力で射撃し、できる限り相手方の火力を制圧する必要があった。例えば軍事作品「亮剣」の中には次のような真実の描写がある。

最後の手榴弾が投げられると、斜面の下に伏せていた突撃隊は飛び起き、疾走中20挺の軽機関銃が同時に発砲し、密集した火網を組成し、日本軍の構築物には密集した弾雨の下で土煙があちこちから上がった。爆発後残存した日本軍兵士は再び屈強な本来の姿を取り戻し、彼らは大声で叫びながらさらに射撃し、全く恐れる様子がなかった。八路軍突撃隊員たちは不断に倒れ、後方の補充の射手がまた素早くこれに代わり、双方は目を血走らせ、一部の日本軍兵士は殺気立ち、何と全く遮蔽物なしに着剣して構築物から飛び出して弾雨の中逆突撃を行ったが、たちまちのうちに蜂の巣となった。たった30mの突撃距離で、李雲竜の第一突撃隊の機関銃手たちは全て戦死し、誰一人帰らなかった‥‥

戦争は残酷なもので、日本軍のこの点に対する認識はその他の国の軍隊と決して差異はなかった。事実として太平洋戦争中、サイパンでも沖縄でも、日本軍が歩兵の突撃を発動する時はいつも射撃しながら前進し、しかも軽機関銃手が第一線に置かれ、もって制圧火力を増強した(何故なら第一線の日本軍にはずっとサブマシンガンが装備されていなかったからである)。

これは逆にあまり味方を誤って傷つけることを心配していない。第二次大戦中、歩兵の突撃の散兵線がもしいわゆる「密集隊形」をもって攻撃を発動しても、その隊形は冷兵器(頑住吉注:火器に対する表現)時代に比べればはるかに散っており、兵士が前後に重なり合う確率は高くなかった。本当にあの種の伝統的な意味での密集隊形を採用したら、突撃の効果は往々にして非常にまずいものになった。例えばガダルカナルの日本軍の「ブラッドリッジ」に対する密集隊形突撃、中国軍の忻口会戦における1002高地に対する強襲は、密集し過ぎた隊形が味方サイドの後方の人員が武器を使用できない結果をもたらし、一方相手方の武器の命中率は非常に大きく高まり、いたずらに味方の死傷者を増やした。

日本軍自身の統計によれば、白兵戦開始以後、小銃弾薬を残しておくことがもたらす損失は収穫に比べより大きかった。白兵戦が開始されたら薬室から弾薬を抜くという明文化された命令は、まさにこの判断に基づいている。その原因を突き詰めれば、私は主に以下の2つがあると考える。

第一、日本軍の使用する歩兵用軽火器の性能に限りがあった。

日本軍の制式軽火器の最も典型的なものは三八式小銃である。この銃はその先輩である村田式小銃の特徴を継承しており、つまり弾丸の初速が高く、照準線が長く、銃身が長い。このような特徴は三八式小銃の射程を長くし、正確に撃てるようにし、白兵戦にも適するようにした。日本軍が喜んで使っただけでなく、中国軍が鹵獲した後も喜んで使った。戦前にはさらに日本から一定数を輸入したことがある。だがこの銃には欠点もあった。何故なら弾丸の初速が高く、重量も適度で、このため命中後往々にして貫通しやすく、傷口がきれいで、撃たれると2つの穴(頑住吉注:射入口と射出口)があくが、周辺の組織に対する破壊は大きくなく、殺傷力の上で中国の中正式小銃に及ばなかった(頑住吉注:モーゼルM1924の中国版)。白兵戦中、この欠点はより突出した。何故なら白兵戦の中では双方の人員は往々にして相互に重なり、三八式小銃を使用すると、貫通後しばしば味方を殺傷した。しかも、貫通後の弾丸は速度が低下し、2回目の命中後弾丸には転倒、変形が起き、もたらされる傷はさらに深刻なものになり、しかも貫通銃創を受けただけの相手は必ずしもその場で戦闘力を失わず、依然反撃できた! 第二次大戦の中国の戦場では、装備と訓練の優勢により、日本軍の損失は中国軍に比べ1:4、甚だしきに至っては1:6のレベルに達した。しかも日本軍は人員の(頑住吉注:数の)劣勢に置かれていた。このため、三八式小銃を使用して格闘中に発砲、射撃し、意図せず味方を傷つけることによって人員が大きく減ることは、明らかに割に合わないことだったのである。

第二、日本軍の白兵戦に対する戦術的認識

白兵戦の中で、日本軍の標準的な刺殺準備姿勢は片手でハンドガードを握り、片手でストック前段の湾曲部を握り、ストックをやや下に下げて足の側面で支え、やや斜めに相手に向かい剣先はほぼ眉の高さとする。このように、銃は斜め上方から斜め下方に傾斜し、ちょうど首、胸、腹の急所を守り、一方剣を一振りすればもう刺突ができる。問題は、もしこの姿勢がちょっとぶれたら、実はこのような体勢では、銃口は全く相手を向かず、斜め上方向の天空を向くことに気付く、ということである。このため、格闘すると射撃のチャンスが刺突のチャンスに比べより多いということには非常になりにくい。またもし射撃準備をしたら、指を引き金に置くことが必須で、このことは2つの深刻な問題ををもたらす。一、双方の武器がひとたび互いにぶつかったらすぐに暴発する。二、指が全力で銃を握れず、銃の保持姿勢に影響し、格闘、刺殺中に全力が使えない。また、三八式小銃は長すぎ、銃口をひるがえして相手を照準するまでも長くなる。もし相手方が真正面に出現しなかったら、銃口をひるがえす時間が長すぎ、銃口がまだ定位置に至らず、自分はすでに刺されて倒れているかもしれない。この時はストックを使って打撃を行うのが疑いなくより便利な作戦方法である。日本軍が白兵戦の中で有効に射撃できるチャンスがごく少なく、薬室に弾薬を留めていても戦果を得るチャンスは微々たるもので、かえって格闘動作の質に影響する、ということが見て取れる。

これこそ日本軍が白兵戦前に弾薬を薬室から抜いた真の原因である。

対になるものがかならずあるもので、白兵戦の中での射撃にはメリットよりデメリットが大きいと気付いたのは決して日本だけではなく、中国軍もこの問題に気付いていた。中国軍には白兵戦では弾薬を抜くことが必須だとの明文化された命令はなかったが、西北軍部隊は広く白兵戦に鉈を使用し、実際上これは能動的に射撃の戦術を放棄したものでもあった。何故なら片手で大きな刃物を振るい、片手に小銃を持って射撃することは不可能だからである。当然これは西北軍出身の部隊員が刀による戦いに特別に長けていたからでもあり、彼らは当時唯一白兵戦で日本軍より優位を占めることができる中国の部隊だった。その他の部隊は、八路軍を含め、刺殺の技術と訓練が第二次大戦の前期になっても日本軍に遠く及ばなかった。このためもし味方を容易に誤って傷つけても、格闘中に発砲する戦術を留保し、もって「こちらのいくつかの命を敵の1つの命と引き換えても元が取れる」の目的を達成したのである。この中では、中国軍の銃器の質が比較的劣り、弾丸の初速が低く、近距離での命中後往々にして相手の体内に留まり、殺傷力が逆により大きくなったことも1つの原因だった。ついでにちょっと言っておくと、西北軍の刀法は、軍閥混戦時期の李景林の部隊のそれから換骨奪胎し、独立して一家をなしたものであり、もっぱら日本式白兵戦術を破るためのものだった。具体的な刀法は実はただ一手で、刀を繰り出す時、刀身を下に垂らし刃を自分に向け、刀を振り上げ、刀の背で小銃を払いのけ、同時に切っ先が弧を描いて前に向き、好都合に相手の頭を叩き切るのである。その威力は刀を振るうと同時に相手の武器をはねのけるところにあり、何故なら叩き切るのと1つの動作であり、相手は防御に回るのが間に合わずにたちまち終わりである。日本人は大刀隊を恐れた。これは決して一般的な宣伝ではなく、確かにそういうことがあったのである。

提示しておくに値するのは、中国軍と日本軍の交戦の中で、もし双方とも軽火器を使用したなら、良好な訓練を受けた中国軍は決して日本軍に劣らないことが示されたことである。例えば周知の四行倉庫の戦いでは、日本軍は久しく攻めても勝てず、これは決して謝晋元連隊長が並外れた能力を持ち、他人より善戦したからではなく、四行倉庫の三方が外国の租借地域に面し、日本軍が重火器を使用できなかったからである。この種の状況下では、双方の戦闘力にほとんど差はなく、日本軍の中国侵略戦争の中の優勢は、主に重火器にあったのである。

米軍も太平洋戦争中に同様の問題に気付いた。アメリカのサブマシンガンの銃身は比較的短く、白兵戦で銃剣にしてやられ、当初の接近戦の中では往々にして長いバースト射撃でその不足を補った。日本軍が夜襲などの攻撃を実施する時は多くが奇襲であり、アメリカに密集した弾幕を用いて日本軍を戦線の前で切断するのを間に合わなくさせた。ひとたび混戦に入れば、経験のない兵士のサブマシンガンを用いた掃射がもたらす味方の死傷者は往々にして敵がもたらすよりさらに大きかった。ベティオ島では、米軍の指揮官ビショップ上佐はかつて、もし再び乱射する兵士がいたら、すぐその者の銃を海に投げ捨て、しかもそれ以後もはや1発の弾薬も支給しない、と威嚇した。

米軍は総括を経て、白兵戦の中での最も良い方法は拳銃で日本軍の銃剣に対抗することだ、と考えた。

米軍は実戦の中で拳銃の白兵戦の中での作用が最も良いと証明した。拳銃は長さが短く、簡単に方向転換していかなる方向にも射撃でき、さまざまな射撃姿勢を取ることもでき、装薬が少なく、近距離で最初の相手に命中しても、その後貫通して後ろの味方に命中して傷つけることが起こりにくく(頑住吉注:大口径低初速の.45ACPですからね)、しかも威力の範囲は銃剣をはるかに超える。装弾に関しては、もし弾倉の弾薬を全て撃ちつくし、まだ銃剣が迫ってきたら、運命とあきらめることしかできない。だが、米軍の制式拳銃の装弾数は7発で、7連発の能力があった。一方1回の白兵戦の中で7連発できるチャンスのある者はごく少なく、この確率は余りにも低かった。

おそらく唯一白兵戦問題をやや重視しなかったのが目立つのはドイツ人である。これはその戦術運用および装備と関係がある。ドイツ軍の進攻は装甲部隊の快速突撃を特別に重視し、防御では構築物と装甲部隊の組み合わせを重視し、接近戦の機会がなかったわけではないが、多くは狭い構築物、建築物の中で発生した。例えばスターリングラードの会戦である。この時、ドイツ軍は爆破、掃射を多用して敵を排除し、これはバヨネットを用いる機会に比べずっと多かった。このように、ドイツ人は「サブマシンガンと手榴弾で接近戦を行うことはこの上なく優れている」との真理を結論として出した。実は、ドイツ人は白兵戦ができなかったわけではない。彼らは狭小な空間でナイフ、工兵用スコップなどの武器を用いて問題を解決するのにより長けており、「プライベートライアン」の中にはこのようなシーンがある。

八路軍に関しては銃剣格闘と発砲は純粋にあらかじめ計画された標準戦術に属した。双方の隊列が接近し、格闘が準備され、まもなく接触するがまだ接触していないという時、八路軍は突然に1回の一斉射撃を行い、その後さらに銃剣による白兵戦に入った。この時の一斉射撃の距離は近く(およそ10m以内)、目標が密集し(相手方も格闘を準備している)、かつ日本軍は初期全く防備がなかったため、非常に殺傷力があった。しかも、味方の闘志を鼓舞し、敵を震撼させ、敵の隊形をかき乱す作用を果たした。

白兵戦の中で、八路軍兵士はさらにしばしば双方がコンタクトする前に、先手を打って相手の大腿部に向け発砲した。このようにするメリットは次の通りである。距離が少しあるので敵の銃剣はまだ攻撃できない。弾丸が相手の大腿部を貫通するとすぐ地中に入り込み、味方を誤って傷つける心配がない。最も重要なのは銃剣格闘は全身のコンビネーションを必要とする難易度の高い「運動」に属し、もし日本兵の大腿部に1発命中させれば、歩みは敏捷でなくなり、こうなれば基本的に相手にやられるに任すしかない、ということである。

しかも八路軍は鬼子が弾薬を抜く時暴露する破綻を利用した。

どんな破綻か? これには三八式小銃が実は最も銃剣格闘で弾薬を抜くという規則に適さない小銃だということを知る必要がある。中国の兵士が使用したのは中正式(国民党軍)、八一式(共産党軍)であり、小銃の弾倉の底蓋を開くことができる。必要な時は底蓋を開けばすぐに一度に全ての弾薬を出すことができる。だが日本の三八式の弾道の底蓋は固定で、弾薬を抜きたければボルトを反復して前後させ、弾薬を1発1発出すしかない。これはもしストレートプル式のボルトだったらまだちょっと速いかもしれないが、三八式は回転式ボルトにあくまでこだわっていた‥‥そこで、往々にして弾薬を半分抜いたところで、八路軍の銃剣あるいは鬼頭刀がもうすでに間近に迫っていたのである。

白兵戦は軍事技術のさらなる発展と共に、すでに少しずつ今日の戦場から退出している。

提示しておくのに値するのは、今日の日本の自衛隊にまだ白兵戦訓練の課程があり、見られる時がある、ということだ。問題はこの訓練がすでにまるでスローモーションのデモンストレーションのようだ、ということだ。練習の時は音楽が流され、日本の自衛隊員は銃を頭の上に挙げてダンスのように対戦する。おそらく彼らも、自分がこの種の武器を使用する確率はこくごく低いと分かっているのである。


 ちょっとおかしいのでは、と思う記述も散見されますが、非常に興味深い内容でした。ドイツ人は銃剣格闘を重視しなかった、というのと今日白兵戦は消えつつある、という記述で思い出すのはG36のストックです。プラスチック製スケルトン、折りたたみ式でバットプレートにはクッションがあり、ストックによる打撃はほとんど考えられませんよね。

















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