水、ゼラチン、グリセリン石鹸によるシミュレーション

「DWJ」2004年4月号に掲載された、Dr.Beat Kneubuehによる連載の4回目の内容です。


シリーズ:効力と危険性の間 その4

シミュレーション

ある弾丸の効力は、体への侵入による動力学的な弾丸の「ふるまい」、そして特にそれによって伝えられるエネルギーを計算に入れたときにのみ適切に評価することができる。それゆえ実験による調査は、こうした見地から生体組織を良好にシミュレートしうる物質に頼らざるを得ない。


 生体組織における水の含有率は非常に大きい(平均約60%)。そしてその密度は1000kg/uをわずかに上回るだけである(頑住吉注:密度も水そのものとだいたい同じだということですね)。それゆえ、効力を解明する脈絡の中で、すでに非常に早い時期から水が使われてきたこと、そして今日もなお時々使われていることは驚くに値しない。


 水の中に撃ちこんだ弾丸の変形は、柔らかな生体組織内でのそれと非常に似ている。しかしながら、この実験の実施には問題がある。それは、それによって都合の悪い副作用を引き起こさずに弾丸を水の中に撃ちこむことができるか、という問題である。水面に10度以下の角度で撃ちこまれた弾丸は跳弾になる。急角度で撃ちこまれた弾丸も、力が非対称に作用し、望まれる結果を歪曲してしまう可能性がある。非常に急角度から垂直までの角度で上から水槽に撃ちこむのは(弾丸自身の初期の運動が沈静化するまでに最低10mが必要不可欠であるから 頑住吉注:弾丸のいわゆる「みそすり運動」のことですね)実施する上で非常にやっかいである。そして水槽を水平撃ちした場合は、水槽の壁の貫通によって結果が妨げられている可能性があり、訴える力が弱くなってしまう(頑住吉注:これだけの問題ならゴミ捨て用などの大きなビニール袋に水を満たして10m以上離れて水平撃ちすればいいような気がしますが)。
 1つの可能性として、水を「立てて置く」ために、吸湿性のある固体に水を満たすという方法がある。これに適しているのは、例えば薄い電話帳である。これは紙それ自体の中と、ページとページの間の両方で水を保持できる。実際にこれを行う場合は、電話帳がいっぱいに水を吸うまでに時間を要する(頑住吉注:何故「薄い電話帳」なのか不思議ですが、厚いと水を吸うのに時間がかかり過ぎるので、薄いのを複数使えということですかね)。この方法はいささか素人じみているように思われるが、この方法による弾丸の変形は、生体内部および定評ある代替素材全般の中での変形と区別できない(写真1を見よ。 頑住吉注:水を含ませた電話帳と、後述のグリセリン石鹸を撃った弾丸が比較されていまして、やや前者の方が変形が小さい気はしますが、確かに非常に近いと言っていい結果になっています)。前回の寄稿(「DWJ」2004年3月号)で言及したように、アメリカの専門著述家Matunasはこの方法を弾丸の変形度の決定に使用した。この方法で彼は彼の効力計算式「PIR」(Power Index Rating)の構成要素である、弾丸の「エネルギー伝導値」を導いたのである。
 侵入深度は例外として、水を使ったのでは、効力の判断基準としてふさわしいいかなる数値も決めることはできない。なぜなら射撃後、弾丸の侵入した穴は完全に消失してしまうからだ。そして高速で突入した弾丸の全侵入プロセスもほとんど量的に分析、評価することができない。弾丸の侵入によってできる穴は、侵入の過程で脈打つように大きくなったり小さくなったりするし、穴の最大の拡張が現れるのは常に同時ではないが、こうしたことは水を使ったのでは分からない。濡れた電話帳には明瞭な侵入穴が形成されるが、(侵入深度は例外として)非常に不正確な計測しかできない。

ゼラチン
 だが、水にはまたゼラチンによって固まるという性質がある。効力、そして危険性の調査研究のため、2、30年前からいろいろなゼラチンの使用が普及してきた。ゼラチン粉末は主に動物の骨や腱から作られる。粉末は水の中で、ある厳格に決められた処方(参考文献の記述参照:Sellier K.  Kneubuehl B.共著「傷弾道学とその弾道学的基礎」第2版 出版社Springer  2001年ベルリン)に基づいて溶かされ、固い、弾力のある、そして透明なかたまりになる。水の含有率は使用する技術上の基準によって差があるが、80〜90%の間である。
 特に注意しなくてはならないのはゲルの固さである。これが一定の数値を下回ってはならず、これはゼラチン粉末の量によって決まる。この固さはいわゆる「bloom数」で計測される。これは、直径12.7mmの円筒形のピストンが4mmゲルに押しこまれるのに必要な質量によって定義される。射撃試験に有効なのはゲルの固さが250bloomの領域下のものである。
 ゼラチンの持つ水の含有率はきわめて高いから、その中での弾丸の「ふるまい」が水、そして柔らかな生体組織(筋肉や臓器等)の中でのそれと非常に似ているのは驚くに値しない。
 ゼラチンを使えば、弾丸の変形、そして侵入深度だけでなく、弾丸の貫通によって損なわれたゼラチンの大きさを決定することができる。弾丸の通過によって引き起こされる「おしのけ」がゼラチンに穴を作り、弾丸の通過と断面における次第に衰えて行く弾力的な動きが弾丸の進行方向と垂直に、ある特徴的な割れ目を残す(写真2を見よ。 頑住吉注:弾丸の侵入口のまわりに放射状の割れ目ができた、まあわかりやすく言えば肛門状態ですな←おいおい)。この割れ目の長さは最初に形作られた空洞の大きさの一定の比率内に存在する(頑住吉注:ゼラチンは弾力があるので、最初爆発的に内部の穴が膨張した後収縮しますが、後に残ったこの割れ目が大きいほど最初に大きく膨張していると一定の範囲内で推測できる、ということが言いたいようです)。ゼラチン内部の空洞の大きさは、ダイレクトに人間または動物の組織内の実際の侵入穴と一致する破壊のサイズである。それゆえ、ある弾丸の効力と危険性はゼラチン内部で直接的に観測、そしてまた計測されるのである。その上、ゼラチンは透明なので、侵入する間の弾丸の「ふるまい」や動きを動画や写真に記録することができる(写真3を見よ。 頑住吉注:露出時間100万分の1秒という超高速度撮影による写真が示されています。結果的にできた穴を計測するだけではなく、瞬間的な経過をも記録できるわけですね)。弾丸の通過後、ゼラチン内の弾道を観察できるとともに、弾丸の伝達する回転運動も情報として示すことができる(写真4を見よ。 頑住吉注:5.45mmx39弾でゼラチンを撃った後の写真が示されています。回転の影響なんでしょう、コイルスプリングを一直線になる少し手前くらいまで引き伸ばしたような内部の弾道になっています)。

グリセリン石鹸
 いつ、そしてなぜグリセリン石鹸が弾傷の研究用シミュレーション素材として浮上してきたのかは現在のところ分かっていない。だが、石鹸を使うというこの特殊な手法が、弾丸の変形と、引き起こす破壊のサイズを決定するのに非常に適しており、ゼラチンに比べて均一な結果が得られるというのは事実である。グリセリン石鹸は大筋脂肪、水、アルコールで作られる。水の含有率は約20%である。密度はゼラチンと等しく調整されている。
 石鹸にはゼラチンにない長所がある。それは、弾丸の通過による穴がほぼ完全に維持されるという点である(侵入穴の復元は約5%)。このため、射撃によってできた穴を直接的に見ることができ、そしてまたきわめて正確に計測することができる。
 石鹸は、効力と危険性を量的に主張する可能性において卓越しており、シミュレーション素材にふさわしい。だが、石鹸には欠点もある。それは透明でないということだ。侵入する弾丸の動きと動力学的な「ふるまい」は、高額の出費を伴う方法(レントゲン撮影)によって記録するしかない。


 これまでDr.Beat Kneubuehはさまざまな効力の判断基準を挙げて、あれもだめ、これもだめ、と主張してきたので、私は「不可知論かよ」とつっこんだわけですが、今回挙げられているゼラチンとグリセリン石鹸を使う方法は(使用上の不都合は別として)正確に効力を判定できるという論調ですね(もちろんDr.Beat Kneubuehの最初の主張から当然、実際に現れる「効果」を事前に知ることは不可能なわけですが)。
 ちょっと意外なのは、結果として生じる弾丸の変形は、単なる水に(垂直に)撃ちこんだ場合も、濡らした電話帳、ゼラチン、グリセリン石鹸など水を含むものに撃ちこんだ場合もほぼ同じだということです。この弾丸を回収して、最大の横断面積を計れば、人体にどの程度の穴を空けるのかをおおよそ推定することができます。Matunasの「PIR」はエネルギーなどの数値にこの弾丸の変型度を加味し、効力を計算によって求めようとしたものです。しかし弾丸の人体内部での「ふるまい」、すなわち最初に大きなエネルギーを発散した後尻すぼみになるのか、長期間一定に近いエネルギーを発散し続けるのか、といった細かい過程などはこうした計算では分かりません。一瞬で内部に空いた「穴」が復元されてしまう水は論外として、濡れた電話帳でも「何ページまで貫通した」という侵入深度以外の計測は非常に不正確にしか行えません。そこで空いた穴が後まで残るゼラチンが使われるわけです。
 もう一つ意外だったのは、私はゼラチンの長所は弾力がある点だと思っていましたが、筆者はそうではないと主張している点です。計測の正確さでは弾力がなく、いったん拡張した穴が復元しないグリセリン石鹸の方が上だということです。人体には弾力があるわけで、それに比較的近い素材の方が正確に弾傷を再現できるように思うんですが。それに弾力が不要なら何故そんなに固いゼラチンを作る必要があるのか疑問に思います。
 「DWJ」公式サイトにおける(ドイツではすでに発売されている)最新号の内容告知によれば、次回は「Wirksamkeit lasst sich messen」となっています。これはたぶん単に「効力を測定する」というような意味で、今回の続きになるんでしょう。しかしこれだけではどういう話に展開していくのか予測できません。
 
 さて、例えばグリセリン石鹸を使って実際に開いた穴を測定すれば、本当に効力が客観的に測定できるんでしょうか。開いた穴の体積は客観的な数値にできますが、穴の体積が同じでも最初に大きな穴が開いて尻すぼみになる弾薬と、比較的均一な穴を開ける弾薬ではどちらが効力が大きいのか(もちろん後者でも人体を貫通しない程度の範囲で、ですが)、また穴の体積が同じで突入までの弾道のほぼ延長上に穴を開ける弾薬と、不規則にカーブした穴を開ける弾薬ではどちらが効力が大きいのか、またどちらかが効力が小さいとしたら具体的に何%小さいと見積もられるのか、などにはやはり主観が入らざるを得ません。また、私はいろいろな情報から、「大きな穴が開く(傷を作る)弾薬ほど効力が大きい」とは限らないのでは、という気がしています。
 ドイツ語の翻訳を優先して後回しになっていますが、ショットガン用のフレシット弾薬の資料があります。1個1個のフレシットは、通常の弾薬よりはるかに軽い、小さなスチールの矢みたいな弾です。初速は意外に速くて、速いものは平均的なライフル弾くらいあります。これが人体に突入すると、空気と人体の密度の極端な差によってバランスを失い、転倒してきわめて大きな傷を作るということです。しかし、致命的な、また死ななくても重い障害が残るような悲惨な傷を残すのに、その場で敵を一瞬のうちに行動不能にする力は弱かったということです。超軽量、ライフル弾並みの高速、転倒によってエネルギーを発散して大きな傷を作る、という性格は、ある意味5.7mmx28弾薬などに似ています。メーカーはゼラチンへの射撃結果などを誇示しますが、それが本当に効力が大きいことを示すのか疑わしい気がするんです。
 「GSR」の項目の繰り返しになりますが、実戦経験豊かなアメリカの法執行機関の中に、9mmより.45を望む意見が多いのは、本当に不合理な「45口径神話」のせいだけなのか、というのも疑問に思います。9mmの変形弾薬の中には、人体突入によって横断面積は.45と同じ、あるいはそれ以上に拡張する弾薬も、ゼラチンに同程度の穴を開ける弾薬もあるはずなのに、やはり.45でないとダメだ、という意見は全く根拠がないんでしょうか。
 私は弾丸の、命中によって人間を短時間で行動不能にする力には、弾丸の重量がある程度大きな役割を果たしており、それはゼラチンなどのシミュレーション素材では分からないことなのではあるまいかなあと思っているんですが。ただまあDr.Beat Kneubuehはドイツ人であり、ドイツ人の中には割りと「.45のマンストッピングパワーが強いなんていうのは迷信」という人が多く、これまでの論調からDr.Beat Kneubuehもそうした意見のように思えます。こうした疑問には答えが出るでしょうか。


「Visier」2003年10月号にホローポイント弾に関する記事があり、この内容はすでにお伝えしました。実はこの記事の中にゼラチンによるシミュレーションに関する囲み記事がありました。当時は意味がいまいち分からない部分があり、さほど重要性も高くないと考えて省いてしまったんですが、今回のDr.Beat Kneubuehの記事を読んだ後で読み返してみるとほぼ意味が分かり、興味深い内容も含まれているのでお伝えします。


 ソフトターゲットに関するシミュレーションは「弾道学石鹸」とゼラチンで実施されている。これらは人間の筋組織と似た抵抗反応を示し、同じ種類の変形、侵入穴を形作る。「弾道学石鹸」はいろいろなグリセリン石鹸の複合物であり、変形が維持されるので侵入穴を時間をかけて観察することができる。弾力あるゼラチンの場合、射撃後穴が収縮するので収縮後の永続的な穴を見て最大時の穴を推論することになる。また、永続的な穴に加えて侵入穴のまわりにできた放射状の割れ目を最大限に利用して、穴に沿ってのエネルギーの引き渡し状況を逆推理できる。ゼラチンの変形と割れ目の状態は、弾丸の変形による影響に依存しているのと同様に、ゼラチンブロックの水及び固体成分の比率にも依存している。だが、使用するゼラチンブロックの表面硬度や作り方にもまた依存しているのである。そのため、ゼラチンによる全てのテスト結果がそのまま比較できるというわけではなく、比較には前提条件が必要である。
 あらゆる領域でそうであるように、この分野にも「正しい」ゼラチンとはどういうものかをめぐる専門家の議論がある。アメリカの弾道学者は「ガバメントゼラチン」が一番いいと信じている。これは(通説によれば)10%の固体成分を水に入れ、4℃で固めることによって生体組織に似た抵抗値や侵入深度にするというものだ。しかし、実際に麻痺させた豚の太もも上部の筋肉と密度や緊張度を対照してみると一致度が低い。
 これに対し、ヨーロッパでは普通弾道学に使用するゼラチンは20%の固体成分を含み、使用前は15℃に置かれる。
 ゼラチンブロックの固さおよび流体力学的反応にとって決定的なのは、使用するゼラチンパウダーによるゲルの固さであり、これは(発明者の方法に従って)「Bloom」で表現される。Bloom値は、6.67%の固体成分を含み、17時間決められた温度に置いたブロックに、あるスチールのピストンが5mm押し込まれる重さ(g)で表される。家庭用ゼラチンは110〜150Bloom、高品質のコマーシャルゼラチンは約200〜220Bloomである。弾道学上の実験に使うゼラチンは250Bloom周辺を示す。その上、使用されるのは「皮ゼラチン」ではなく、骨や軟骨から作られた「骨ゼラチン」でなくてはならない。今回のテストで使われたゼラチンは、アメリカの法医学者Dr.Martin Facklerおよび彼のヨーロッパにおける同業者SellierとBeat Kneubuhl(頑住吉注:後者は「DWJ」における連載の執筆者、前者は記事中の参考文献の共同執筆者です。…と断定したいところなんですが「Visier」の表記は「u」にウムラウトがつき、綴りもちょっと違います。まさか別人ではないでしょうがどうしてこうなのかはドイツの文化にもっと詳しい人でないと分からないですね。)によって作られ、修正された、国際的に広く喧伝された提案内容に基づいている。すなわちこれは220Bloomのゼラチンを冷たい水に入れ、50℃で熱して溶かし、流し込みの後15℃で少なくとも36時間硬化させた、20%のブロックである。


 大筋今回の記事内容と一致しており、やはりゼラチンでは永続的な穴ではなく最大時の穴が問題であり、永続的な穴と割れ目によってそれを推測するのだ、ということになっています。しかしやはり「アメリカ人の使っているゼラチンよりヨーロッパで使っているゼラチンの方が実際の筋肉に質的に似ているから優れている」と言っているのに、実際の筋肉とは違ってほとんど弾力がない石鹸が何故シミュレーション素材として適していると言えるのか、という部分は疑問として残ります。まあたぶん石鹸は性質上たまたま結果的に実際の筋肉の抵抗と似ており、ゼラチンの最大時の穴がそのまま固定されたような傷が残るのだ(実際にそうなんだから文句言うなコラ)、ということなんでしょう。
 今回の記事では実際に作ったゼラチンを「Bloom値」で計測するような表現になっていますが、「Visier」の記事では使用するゼラチン粉末の持つ固有の固さを「Bloom値」で計測し、それを一定の手順でゼラチンブロックにする、という表現になっている点、そして細かいことですがピストンが押し込まれる深さが1mm違っています。まあいずれも根本に関わる違いではないですね。
 ともあれDr.Beat Kneubuehが、「DWJ」のライバル誌である「Visier」も認める権威であるらしいこと、またそのゼラチンに関する主張は少なくともドイツでは定説に近いものであるらしいことが分かります。











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