中国のケースレス弾薬

 検索しているといろいろ意外な内容のページに行き当たります。今回はこれも国内ではまだほとんど知られていないであろう、中国製ケースレス弾薬に関するページの内容を紹介します。

http://www.zerose.com/www/1/2010-01/233.html


中国初のケースレス弾薬/銃系統の研究

ケースレス弾薬とは発射後には薬莢が存在しない種類の弾薬を指し、ケースレス弾を発射する銃をケースレス弾薬銃と称する。ケースレス弾薬/銃系統は一種の新概念、新原理の武器を作りだし、世界の小火器発展への影響は見通しのつけがたいものである。

背景

歴史上19世紀初めには早くも「ケースレス弾薬」の研究熱が盛んに起こったことがある。当時は主に装弾動作を簡略化し、発射速度を高めるためだった。かつてある人が提出したのは発射薬とプライマーが一緒に紙薬莢の中に装備されており、発射後紙薬莢と発射薬は一緒に燃焼し、排莢の必要がないという考えだった。アメリカではさらに錫箔を薬莢にした一体弾薬が出現した。いずれもケースレス弾薬研究の初期の試みと考えることができる。ただ金属薬莢が世に問われた後、その固有の長所が金属薬莢に天下統一させて今日に至っているだけのことである。

ただし弾薬は金属薬莢を採用すると重量が増加し、このため将兵の弾薬携行量が制限を受けることになった。弾薬の重量を軽減するためには2つの道があり得る。1つは小口径弾の採用であり、各国が目下装備している小口径自動火器のようにである。もう1つはまさに薬莢の放棄であり、これこそケースレス弾薬である。ケースレス弾薬採用が持つもう1つの突出したメリットは、薬莢製造のための金属材料を節約できることに他ならない。当然、高初速と高いチャンバー内圧力を持つ現代火器でケースレス弾を発射することの難易度は非常に高い。

1959年、アメリカは早くもある系列のケースレス弾薬の試験研究作業を開始した。ただし結果は全く満足いくものではなく、1974年にはとうとう自然発火問題が解決できないことが確認されて棚上げとされた。1969年、ドイツは次世代ライフル更新のため、新たにG11型ケースレス弾薬銃系統の研究を始動させた。幾度もの曲折を経て、80年代初めにはついに突破性の進展を成し遂げ、再びこの領域の研究作業を高みへと押し上げた。G11に促されて、アメリカも再びケースレス弾薬/銃系統を「先進戦闘小銃」(頑住吉注:アドバンスドコンバットライフル)計画の中に取り入れた。最終的に種々の原因のため部隊に装備はされなかったが、初めて装備可能なレベルに達したケースレス弾薬銃であり、その長所は反駁できないものである。

中国先鋒となる

国外の設計者の聡明才知をうらやむことはない。実は70年代初め、我が国も最も初期のケースレス弾薬銃の研究を開始していたのである。ただそれは自然発生的なものだった。1970年10月、当時の戦略思想「人民のために戦いに備え、飢饉に備える」、「深く穴を掘り、食料を蓄え、覇を称えず」の指導の下、国内の関係する工場や研究所が連合し、我が国初のケースレス弾薬/銃の研究開発作業を開始した。最初に決定された戦術技術指標は次の通りだった。すなわち口径7.62mm、弾頭の初速725〜750m/s、弾道性能は56式7.62mm普通弾薬(頑住吉注:中国版7.62mmx39)に劣らず、弾薬の重量は56式7.62mm普通弾薬と比較して40〜50%軽減され、自動小銃の全体重量は3kgを超えず、小銃の連発時の発射速度は480〜600発/分、というものである。銃のその他の構造は弾薬の必要性に適し、実戦で必要な安全性と勤務性を備える必要があった。長い時間がたたずに彼らは試作銃を提出した。試作銃の空虚重量は3.8kg、バヨネットを伸ばした状態の長さは1328mm、たたんだ状態の長さは1023mm、マガジン容量は17発だった。これと同時に、また相前後して1万発余りのケースレス弾薬が試作されたが、弾薬の全長は40.8mm、重量10g、弾頭重量は7.9gだった。

技術的重要問題に取り組む


ケースレス弾薬/銃系統の研究開発に関する技術上の難点は主に弾薬の自然発火、貯蔵時の安全性と安定性、チャンバーの密封、不発弾の排除等である。技術人員はまず薬柱の選択を進めた。適したケースレス弾薬の薬柱を得るため、技術人員は相前後して、シングルベース火薬の圧力鋳造、薄膜巻圧、硝化棉打漿成形、ダブルベース火薬の圧力鋳造、シングルベース火薬の圧力鋳造に薄膜を加える、発泡成形等の工業技術的措置を対比した。試験後、シングルベース火薬の圧力鋳造という方案が比較的良好と考えられ、その工程は簡単で、総合性能は比較的良好であった。同時に薬柱の形状に関しても多種の試験が進められた。例えば円柱体、円錐体、リムを持つ錐体、薬莢型等であった。その次は弾頭と薬柱の粘合だった。当時弾頭として採用されたのは既存の7.62mm弾頭だった。これを薬柱と一緒に粘合させるため、粘合剤として100種類以上の配合の試験が行われ、ついに適した粘合剤が選定された。第3に、3つの方案の対比後、ケースレス弾薬の可燃性プライマーには硝化棉片が採用され、発火剤としては無錆蝕撃発薬が用いられた。覆いには速燃紙が採用された。試験は当時の発火率がすでに98%に達したことを実証した。第4に信頼性の問題が取り上げられた。ケースレス弾薬の使用上の安全、防湿断熱、キクイムシ対策や防カビ、防老化、耐摩耐用といった性質を保証するため、塗装による解決が望まれた。当時数十種の材料が選択され、100あまりの種類の配合試験が行われた。惜しいことに、上述の勤務要求を満足させ、また燃焼性能に関するを満足させる理想の塗料は探し出されなかった。

試験結果

1973年、我が国初のケースレス弾薬/銃系統は国営射撃場で全面的性能判定試験が行われた。試験の結果は次の通りである。初速774m/s、300mにおける半数弾着円半径17.1cm、40発のうち発射薬が完全燃焼したものは98.8%。ケースレス弾薬を高さ1.5mから水泥地に落とす試験では、30%が横に割れるかひび割れを生じた。ケースレス弾薬をを2時間水に浸した後の不発率は20%、24時間後の不発率は27%だった。ケースレス弾薬を高温(50度)、高湿度(相対湿度95%)の条件下に7昼夜保存した後の不発率は30%だった。常温での機構作動試験は68発射撃して行われ、その中の故障は13回、低温での故障率はさらに高かった。弾薬の不発、破砕等の他にも、銃の故障もまた非常に多かった。レシーバー後部の(頑住吉注:次の用語意味不明ですが「さえぎる」+「カギ」といった構成で、後退したボルトキャリアがぶつかる部分ではないかと思います)の折断1回、ハンマーの断裂1回、ボルトヘッドのひび割れ1か所、エジェクターの交換4回、ファイアリングピンの交換1回だった。試験は、この研究は着手には成功したが問題点もまた明らかであるであることを示した。主要な問題は次の通りだった。ケースレス弾薬の機械的強度が低い、燃焼完全性が劣る、不発率が高い、弾道性能が不安定である。この他、同一時期に国内ではさらにいくつかの部門が同一領域の研究作業を進めていた。1973年以後、ケースレス弾薬/銃系統の研究が再び進行することはなかった。


 現在中国はオリジナリティーのある火器を多数作り、設計の面で相当高いレベルに達しつつあるようですが、細かい製造、加工技術のグレードといった面で遅れた部分を残しているのも間違いないようです。まして1970年代の初期に世界中でどこも成功していない最先端の研究に挑戦したのはやや無謀だったような気もします。

 G11が小口径高速化をさらに進めたものだったのに比べ、中国のケースレス弾薬は7.62mmx39と結果的に同程度の弾丸を発射するものに過ぎませんでした。これはたぶん小口径高速化のためにはチャンバー内圧力を上昇させることになり、技術的なハードルがさらに高くなるからでしょう。全長1mを超え、マガジン容量17発というのも退歩としか思えません。

 距離300mで半数の弾が17.1cm内に収まるというのはそう悪くない気もしますが、「弾道性能が不安定」と判定されたことから見て残りの弾のうち極端に大きく外れるものが多かったのかも知れません。信頼性の面では全くお話にならず、各テストで射撃された数がたった数十発で終わっているのは、早期に見込みなしとして試験が中止されたからでしょう。

 ちなみに本筋とあんまり関係ないですが最先端のケースレス弾薬をキクイムシに喰われる心配が必要だったというのもちょっと面白かったです。

 アメリカはケースレス弾薬を使用する機関銃を装備することを考えているようですが、今後中国が再びケースレス弾薬に挑戦することはあるんでしょうか。









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