実銃について


モーゼルHSc、ワルサーPPK/SとHK4。


資料として使用した「HK」。

HK4の前身、モーゼルHSc誕生まで 
 モーゼル社はドイツの一流兵器メーカーであり、1/3世紀くらいのかなり長い期間世界のほとんどの国の主力歩兵火器がモーゼル式ボルトアクションライフルとそのコピー、亜流製品で占められたほどの実績がある。得意とするのは小火器だけではない。第2次大戦当時、モーゼルのMG151 20mm航空機関砲は電動で初弾の給弾、不発弾の排出ができるなど高度なメカを持ち、威力も国産品よりはるかに大きく、非常に魅力的な兵器だった。しかし当時の日本の技術では真似することができず、潜水艦によって多数を輸入して陸軍三式戦闘機「飛燕」に搭載して完全に消耗するまで使いきった、という史実も残っている。しかし、ハンドガンの分野では文句なしに成功といえる機種は意外に少ない。モーゼル社初のハンドガンであるC77はメタリックカートリッジ式連発銃があたりまえになった後に出現した単発銃(コルトSAAの発売は1873年、C77は1877年)であり、当然高い評価は得られなかった。続くC78リボルバーはユニーク過ぎるメカが嫌われてプロシア軍制式の座を逃したし、以前モデルアップした経験から、威力や装弾数の割に大きすぎる、ワンタッチでブレイクオープンできないなど操作性に疑問がある、抜くときに引っかかりそうな突起が多いなど、こなれていない設計という印象を受けた。次のC96(モーゼルミリタリー)は初期のオートピストルの傑作として非常に有名だが、小火器技術の面で当時一流と言える国では制式採用されていない。ドイツ本国ではルガーに敗れて軍制式拳銃になれず、補助的に使われただけだった。.45ACP仕様を製作して臨んだアメリカ軍制式拳銃トライアルでもガバメントに敗れている。ロシアや中国などでは広く使われたが、どちらかというと広大な国土を持ちながらあまり豊かでない国において、ライフルがわりにならなくもない拳銃という、やや貧乏くさい理由で重宝されたのではという気がする。もちろん失敗作とはいえないが、その後のハンドガンの主流がC96とは全く違う方向に進んだのは事実だし、商業的に一流メーカーのモーゼル社として充分納得行く結果でなかったことも確かだろう。中型オートとしては、M1910がある。これはかなりの成功機種で、モーゼル社のハンドガンでもっとも商業的に成功したものかもしれない。一時はアメリカでも非常に高い人気があったらしい。しかし、同年デビューの歴史的大傑作、ブローニングM1910には及ばなかったようだ。外観や構造を見てもブローニングの方がはるかに洗練されたものであるのは明らかだし、事実ブローニングは多くのコピー、亜流製品を生んだが、モーゼルM1910に影響を受けたと思われる機種は少ない。
 1920年代末、モーゼルより規模も実績も小さい会社であるワルサーが中型オートのニューモデル、PPを発売した。中型オートというものは、同じようなサイズ(銃身長)でいくつかの決まった弾薬(主に.32ACP)を使用するから原則として威力には大きな差が生じようがない。装弾数も7発前後とだいたい決まってくる。命中精度はもともとさほどのレベルが要求されていないし、銃身が固定されたストレートブローバックなら普通落第点にはならない。とすれば差がつくのは操作性や安全性ということになる。ワルサーPPはダブルアクションを採用することで、チャンバーに1発装填した状態で安全に持ち運ぶことができ、緊急時には即座に発射することができた。それまでのスタンダードだったブローニングは、ストライカーをコックした状態で持ち運ぶにはやや危険があり、チャンバーを空にしておけば発射に時間がかかった。つまり安全性と即応性のどちらかを犠牲にせざるを得なかったわけだが、PPはそれを両立させたということになる。PP(シリーズ)は発売から70年以上経過した現在でも高い人気を保っており、さほど旧式化していない。当時としては時代のはるか先を行く驚異の新製品だった。
 モーゼルはこれより数年後の1934年にM1934を発売している。これはM1910の改良型だが、内容はほとんど変わっていない。この銃のセーフティはレバーを押し下げるとセーフとなり、そばのプッシュボタンを押すと解除されるというシステムだ。解除が早いというメリットもあるが、プッシュボタンは誤って押してしまう可能性が高い。グリップセーフティなど他のセーフティもないので安全性ではブローニングより劣るはずだ。当然PPとは比較にならないくらい内容的に劣っている。ただ、同年には旧日本軍の九四式、イタリアのベレッタM1934がデビューしており、非常識なほど時代遅れというわけでは決してない。また、1930年には同じドイツ国内の有名ハンドガンメーカーであるザウエル&ゾーンがM1930を発売している。これはM1913の改良型であり、モーゼル、ブローニングのM1910と基本的に同世代の銃だ。つまり、ドイツ国内のメーカーも、1930年代前半時点ではワルサーPPの真価を理解していなかったと考えられる。意外に思われるが、ダブルアクションオートの利点が一般に理解されるにはかなりの年月を要している。外国でPPの影響を受けた機種が続出するのは戦後しばらくたってからだった。しかもダブルアクションオートが主流になったのは1980年代以後という気がする。ハンドガンメーカーとしてはまったく無名だったグロックがG17発売以後あれよあれよといううちにトップに登りつめ、亜流製品が世界中で続出した情況とは全く異なっている。一方ドイツ国内メーカーは1930年代後半から末、つまりPP発売から約10年後に、PPにきわめて強い影響を受けた銃をあいついで発売した。モーゼルHSc、ザウエル&ゾーンM1938がそれだ。これは両社がPPの真価を理解した上でこれに対抗しようとしたという意味の他に、PPシリーズを将校用として使用していた軍が使用感の似た製品を要求したという事情もあったらしい。

HScとはどんな銃か
 HScはそれまでの無骨なモーゼルピストルとはうってかわって流麗なスタイルを持っている。ただし、これは我々が写真などの資料を見て思うことで、実際に実銃を比較した洋書などでは、M1910は職人気質による精密削り出し加工品であり、HScはマスプロ品という評価になっている。複雑な機能を持つ割にはパーツ数が少なく、当時としてはプレス加工をを多用した生産性のいい製品だった。内容的にはワルサーPPときわめて近いので、相違点を挙げてみよう。両者ともスライド左側面後部にレバー式のセーフティがあり、デザインも似ているし操作方向も同じだ。だが、HScにはデコック機能がない。かといってコックアンドロックでもなく、トリガーを引くとハンマーが安全に倒れるようになっている。このため、ファイアリングピンを傷めずにドライファイアの練習ができるとしている資料もある。HScにはワルサーにはないマガジンセーフティがある。スライドストップが露出していない点は同じだが、ワルサーが新しいマガジンを挿入してからスライドをちょっと引いてやる必要があるのに対し、HScは新しいマガジンを挿入すると自動的にスライドが前進する。マガジンキャッチはワルサーのフレーム左側面に対し、フレーム後下部にある。ワルサーは片手で素早く操作できるが、HScにもマガジンを誤って脱落させる危険性が低いという長所がある。HScはマガジンセーフティがあってマガジンが脱落するとまったく使用不能になるので極力これは回避する。マガジン交換がやや遅いという欠点はスライドの自動前進でカバーする、というのがモーゼルの意図だったのかもしれない。ワルサーはトリガーガードを下げ、ややひねってフレームに引っかけ、スライドを引いて後部を持ち上げ、前進させて抜く、というフィールドストリップ方法だ。当時としてはこれでも簡単な部類だったが、HScはさらに簡単だ。ハンマーコック、セーフティオン状態でトリガーガード内のラッチを下げるとそのままバレルごとスライドがやや前進したのち上に抜ける。強いリコイルスプリングを圧縮せずにワンタッチで分解できるオートは現在主流となりつつあるが、当時としてはきわめて進んだものだった。ただし、この簡単というのはあくまで理屈の上でのことであり、ラッチを動かすスプリングが非常に強くて実際は操作しにくかったようだ。分解が簡単というのはライバルに差をつける大きなメリットだったのにあえてこうしたのは、たぶんこうしないと急いでトリガーガード内に指を入れたとき誤って分解してしまったり、発射の強い衝撃で分解してしまうおそれがあったからではないか。こういう意味では現在のベレッタのようにロックボタンが付属した分解ラッチの操作によってワンタッチで分解できる形式が理想なのかもしれない。ワルサーのバレルはフレームに固定され、スライド前部はバレルによって保持される。フレームとスライドのかみ合いは後半だけだ。一方HScはフレームとスライドが前後に長くかみ合い、逆にバレル前部がスライドによって保持されている。理論的にはワルサーの方が命中精度が高くなりやすいが、実際にはHScの命中精度が劣ったという評価はなされていないようだ。ただし、これは高い工作精度があってのことで、ワルサーの方が戦争末期に非熟練工が粗製濫造しても命中精度が低下しにくい設計だったかもしれない。
 HScは全体にワルサーより引っかかりが少ないデザインだ。ハンマーコックしても開口しないのでダストプルーフだという主張もあるが、ダブルアクションオートをコックして持ち運ぶことはあまり考えられないし、簡単に真似られるのに誰も真似していないということは、たいしたメリットではないと考えていいのではないか。また、このデザインによってハンマーをコックしないと分解できなくなっている。チャンバーに弾薬がある状態で誤って分解しようとした場合、シングルアクションの軽いプルで発射する状態でトリガーガード内に指を入れてラッチ操作することになる。これは危険であり、セーフティをかけないと分解できないという他にはあまり見られない特徴を持つのもこのためではないかと思われる。
 モーゼルのハンドガンはどいういうわけかグリップデザインが悪いものが多く、HScも非常に美しいデザインではあるが、これが握りやすいという人は少ないと思う。また、急いで銃を取り出して発射した場合、親指の付け根をハンマーにかまれることが多いという。
 HScはPPほどではないにしても成功を収め、多くの機種と共にナチ・ドイツの将校用として、特に空軍将校用として使用された。終戦までに製造されたHScは25万挺以上とされている。ちなみに、HScの.380ACP仕様は基本的に戦後のもので、終戦までに使用されたのは原則として.32ACP仕様だった。ワルサーPPシリーズ、HScとも戦後も生産が続けられた(ちなみにM1938は戦後生産されていないようだ)が、人気はワルサーに集中し、ワルサーはマカロフも含めて多くのコピー、亜流製品を生んだが、HScの影響を受けた機種は少ない。HScの方が上という評価も一部あることはあるが、総合的に見てワルサーより少なくとも半歩ゆずる製品だったと考えていいのではないか。しかしM1938よりは上だったのかもしれない。

HK4の誕生
 ナチ・ドイツは木材を使わず、プレス加工を多用したMP40サブマシンガンなどで兵器の生産性向上に努めていたが、アメリカ、ソ連の圧倒的な生産力に押されるようになってこの傾向を一層強めた。現在の汎用機関銃の手本となり、わずかに改良したものが現在でも統一ドイツなど各国で使用されているMG42、現在のアサルトライフルの方向性を定めたMP44、戦後も改良型が西ドイツで使用されたLP42信号拳銃などはプレスを多用した傑作兵器だ。また、メッサーシュミットMe262ジェット戦闘機などに搭載されてB17相手に大きな威力を発揮したMK108 30mm航空機関砲もプレスを多用することで生産性がよく、軽量だったからこそ多数の航空機に搭載できたものだ。また、戦争末期に試作されたサブマシンガンなどの国民突撃兵器はほとんどのパーツがプレスで作られていた。これらは最初からプレス加工を前提として作られたものだが、既存の銃のパーツをプレス化して省力化する試みもさかんに行われた。Kar98Kも一部パーツをプレス化したし、チェコで原設計が行われ、占領したナチ・ドイツの将校用、後にはサイレンサーを装備して特殊用途に使われたCz27も、サイドプレートやセーフティレバーなどをプレス化して省力化された。そしてモーゼルHScは元々当時としてはプレスを多用した生産性のいい銃だったが、さらにスライドのプレス化による省力化が試みられた。このモデルは量産されなかったが、HK4の直接の原型となった。プレスでスライドを作る場合、側面を構成する板の下端を内側に折り曲げ、これをフレームのレールとかみ合わせるというのが最もノーマルな発想だろう。しかしモーゼルはこういう方法はとらず、フレーム側面下端近くの前後左右4箇所を外側からパンチングして内側に突起を作り、これをフレームのレールとかみ合わせるという方法を選んだ。確かにこの方が簡単だろう。この方法はHK4に受け継がれている。
 戦後モーゼルの技術者は、一部は社に残り、一部は海外に流出し、一部は国内で別の仕事を始めた。H&Kは旧モーゼル工場があった地、オーベンドルフに、元モーゼルの技術者が多く参加して設立された会社であり、初めはミシンなど非軍事分野の製品を作っていた。スペインに流出した元モーゼルの技術者が戦争末期のモーゼルアサルトライフルを発展させたのがセトメだ。H&Kは西ドイツ政府から、スペインより提供されたセトメの改良を要請された。これがG3として1959年西ドイツ軍に採用され、世界的にも普及していった。火器メーカーとして軌道に乗ったH&K初めてのハンドガンがHK4だ。HK4はHScを発展させたもので、試作初期のHK4は実際に生産されたものよりはるかにHScに似ている。
 HK4は大筋HScと同じ構造なので、HScとの相違点を挙げる。HK4のスライドは、HScでは試作に終わったプレス加工で作られている。現在、SIGが多くのハンドガンでプレス加工のスライドを使っているが、現在でもこれは変わりだねであり、当時としてはきわめて斬新な試みだった。プレス加工はいい点ばかりではない。というより、軽量化しやすい、大量生産すればコストが安くなるという長所(後者は実用性とは直接関係がない)をのぞき、欠点が多い。まず、板状の鉄板を変形させて作るという性格上、元々その形に鋳造されたり削り出されたものより強度、耐久性が低い。どんな形のものでも作れるというわけではなく、鋳造や削り出しに比べ制約が多い(あまり複雑な形状にはしにくいし、原則各部の肉厚は同じになるなど)。また、軽くなるというのは多くの場合は長所だが、オートピストルのスライドの場合必ずしもそうではない。SIGでは、.357SIGや.40S&Wといった強力なカートリッジを使用する機種、またストレートブローバックのP230シリーズの場合、反動を受け止める役目をするスライドはプレスでは軽すぎ、また強度にも不安があるため、プレスのスライドを使用していない。HK4のスライドはプレス加工であるために同クラスの中型オートより軽い。これによる問題点は後述する。
 HK4のフレームはアルミ合金の鋳造であり、表面硬化処理が施されている。削り出しのアルミフレームは戦前から存在するし、1940年代末から1950年代初めにかけてコルトがディテクティブ、ガバメントの軽量モデルのために採用している。しかし当時はあまり一般的ではなく、アルミフレームのコマンダーに至っては強度不足で失敗し、すぐスチールフレームのコンバットコマンダーに改良しているくらいだ。SIGやベレッタがアルミフレームを採用して成功し、これが主流になっていくのは1970年代以降であり、1960年代前半としては、かなり新しい試みだった。軽量なプレススライドとアルミフレームにより、HK4は.380ACPを使用する中型オートの中で、当時としては驚くほど軽かった。
 分解方法は基本的にHScと同じだが、分解ラッチが直動式から回転式に改められている。経験上この方が誤って動いてしまう可能性が低く、しかも操作しやすいと思われる。

4イン1
 しかしなんといっても最大の特徴は、バレル、リコイルスプリング、マガジンを交換するだけで.22LR、.25ACP、.32ACP、.380ACPという4種類の弾薬が使用できるという点だ。そもそもHK4という名称はヘッケラー&コック4キャリバーを略したものだ。リコイルスプリング後端はバレルに差し込んで固定されている(リコイルスプリングをとりちがえると大事故になりかねないため)ので、感覚的には2つのパーツを交換するだけだ。リムファイアとセンターファイアは打撃位置が違うので普通なら別のスライドが必要となるはずだが、HK4ではブリーチ前面のパーツをネジ1本抜いて外し、裏返すという簡単な作業で変更を可能にしている。リムの直径が極端に違うので当初エキストラクターも交換するようになっていたが、のちに交換不要のカスタムパーツが出現し、メーカー純正も交換不要に改良された。
 正直このクラスで.25ACPが撃てるメリットは少ないと思う(.25ACPを使う中型オートは現在ほとんど見当たらない)が、アメリカではいちばん入手しやすく価格が安い.22LR、このクラスに使用するにはいちばんバランスがとれた.32ACP、リコイルがきつくなるがパワーがある.380ACPの3弾薬が1挺の銃で撃てるというのは非常に便利だ。
 アメリカには、銃の本体はフレームだという考えかたがある。だからバレル、スライドなどはパーツ製造の規制を受けるだけだが、フレームを作るには銃本体を作るためのより厳しい規制がある。一方ドイツでは銃の本体はバレルだとされているらしい。最初の銃はほとんどバレルだけだったわけだし、理屈上銃の本体はバレルで、フレームは本体を載せる台にすぎないと考えられる。したがって論理的には明らかにドイツ流の考えかたが正しい。しかし、ルールとして実際に運用する場合は明らかにアメリカ流の方が現実的だ。このあたりにも理屈優先のドイツ人と現実優先のアメリカ人という対比が見られるようでおもしろい。そして、アメリカでは時期や州によって、個人が所有できるハンドガンの挺数制限がある場合がある。HK4ならば、プリンキング用の.22LRとセルフディフェンス用の.32ACP、.380ACPが1挺とカウントされ、都合がよいという意外なメリットもあったようだ。

HK4はストレートブローバックなのか?
 それにしても疑問なのは、こんな便利な銃が作れることが40年近く前に実証されているのに、なぜ他のメーカーは真似しないのか、という点だ。結論から言うと、他のメーカーが真似しないのは、「そういうことは原則としてできない」からだ。何故できないのか。
 この種のストレートブローバックの銃は、スライドの重量とリコイルスプリングのテンションだけ(厳密にはハンマーの重量やスプリングも加わるがここでは無視する)で閉鎖を行っている。閉鎖の力が強すぎると排莢不良を起こし、弱すぎるとスライドが早く後退しすぎ、後方に高温高圧のガスが吹き出して危険だ。だからその弾薬に適した閉鎖の力にするため、弱い弾薬用には軽いスライドと弱いスプリング、強い弾薬には重いスライドと強いスプリングを使う。もしHK4のように同じスライドを使うとすれば、調節できるのはリコイルスプリングのテンションだけになる。実銃のマガジンスプリングのテンションは強く、フル装弾時のテンションにさからって確実に送弾するためにはリコイルスプリングを弱くするのに限界がある。一定以上強いスプリングで閉鎖されたスライドを、パワーの弱い.25ACP、.22LRでも快調に作動させるには、軽いスライドが必要だ。そして前述のように、HK4のスライドはプレスという性格もあって実際に軽くなっている。
 このクラスのストレートブローバックの中型オートにとって最適なのは.32ACPであり、.380ACPは元々ややオーバーパワー気味だ。PPK/Sでもリコイルスプリングが強くてスライドが引きにくく、リコイルがきついとして嫌われることも多い。コルトはこれを軽減するため、同クラスの中型オートである.380ガバメントシリーズに本来必ずしも必要ではないショートリコイルを採用し、好評を得ている。PPK/Sよりスライドが軽いHK4のスライドで、まともに.380ACPを使用するとすれば、嫌われやすいPPK/Sよりさらに強いスプリングが必要になる。また、同じストレートブローバックとする場合、軽いスライドを強力なスプリングで閉鎖するのと、重いスライドを比較的弱いスプリングで閉鎖するのでは、同じ使用感にはならず、重いスライドの方がリコイルがマイルドな体感になりやすい傾向があるようだ。したがって、このままではHK4はスライドが異常に引きにくく、リコイルが極端にきついきわめて使いにくい銃という評価を免れない。それではHK4は実際にこういう使いにくい銃なのだろうか。HK4は過去GUN誌で2回、コンバットマガジン誌で1回レポートされており、いずれもワルサーPPK/Sとの比較という視点を含めて使用感について触れられているが、こういう悪い評価は下っていない。これはどういうことか。
 実は、HK4は原則としてストレートブローバックの銃であり、.22LR、.25ACP、.32ACP使用時には実際にストレートブローバックで作動する。しかし、.380ACP使用時に限ってはディレードブローバックで作動するのだ。これによってリコイルスプリングを比較的弱いものですませ、リコイルもいくぶんマイルドにしている。こんなことが可能だろうか。理論的にはP7のようなガスロックでも、P9Sのようなローラーロックでも可能だ。シリンダーにガスを流入させる穴を.380ACPのバレルにだけ開け、他には開けなければいい。また、.380ACPのバレルだけローラーのロックが機能する形状にし、他は機能しない形状にすればいい。しかし、こんなことをしたのでは構造が複雑化して価格が上昇し、他の3弾薬を使うユーザーは無駄な出費を強いられることになる。こんなことなら別の銃にすればいいだろう。そこでH&Kの技術者が選択したのはこういう方法だった。
 チャンバー内部にミゾを彫る。発射時に内部の圧力が上昇すると、薬莢はこのミゾにそってふくらんでチャンバー内部にはりつき、後退を遅らせる。マカロフPMの「実銃について」をお読みの方はお分かりだろう。この方法はマカロフPMの改良強化型、PMMがとったのと同じ方法だ。PMMのミゾはらせん状、HK4のミゾは短いフルート4本という違いがあるが、もちろんこれは本質的な違いではない。
 PMMの記述をしたとき、このシステムのルーツは何かという疑問が生じた。そのときはわからなかったが、PMMが史上初でないのは明らかだった。中国に77式拳銃(1977年ごろ作られたものだろう)というのがある。この銃は.32ACPを使う中型オートなので、本来ならストレートブローバックでいいはずだ。だが、この銃にはワンハンドピストルという特殊な性格がある。これは、チャンバーを空にして安全に持ち運び、緊急時には人差し指を大きく前に伸ばし、トリガーガード前面にひっかけて強く引ききるとスライドが後退してチャンバーにカートリッジが送られ、発射する。この操作にはかなり無理があり、スライドのプルが重いと非常にやりにくい。そこでチャンバー内にリング状のミゾを彫って後退を妨害し、弱いリコイルスプリングですむようになっている。それではこれが史上初か、と考えて首を傾げた。少なくとも当時の中国の小火器のレベルは決して高くなかったし、ほとんどの機種は他国のコピー、亜流だった。このワンハンドピストルというシステムもリグノーゼなど1920年代に出現したシステムをやや改良したものであり、中国オリジナルではない。また、トリガーガードというものはそもそも何のためにあるのかということを考えれば、トリガーガードを強く引くと発射する銃というのはちょっとおかしいといわざるを得ない。このシステムは安全性と即応性が両立できなかった時代に少々の無理を承知で採用された珍案であって、それをはるかに高いレベルで両立させたダブルアクションオートが存在する戦後にこんなものを作るというのはセンスに欠ける。九四式や9mm機関けん銃とどっちがひどいかと問われても答えに困るくらい激しく登場時代とずれている。そんなわけで失礼ながらこのユニークで優れたアイデアが中国オリジナルとは考えにくかったのだ。
 今回このアイデアがやはり中国オリジナルではないことがわかったわけだが、今回使用した資料にも、HK4が史上初と明記はされていない。HK4が初かもしれないし、あるいはこれも戦争末期になるべく生産性の高い単純な銃に強力な弾薬を使おうとして考え出されたアイデアなのかもしれない。ちなみに、どの資料を見ても、「ガスロック」「ローラーロック」といったものにあたるこのシステムの名称は書かれていない。
 ちなみに、HK4の.22LR用バレルのチャンバーにもミゾが彫ってある。これは.380ACPとは逆で、内部に発射ガスを導入して薬莢がチャンバー内にはりつくのを防ぎ、スライドの後退を助けるためのフルートだ。いちばんパワーが弱い.25ACPではなく.22LRのバレルにだけあるというのはちょっと変な気もする。これは何故だろう。どんな弾薬の薬莢が強くチャンバー内部にはりつきやすいだろうか。薬莢の形状がストレートで細長く、圧力が高いものほど強くはりつきやすいはずだ。この点.25ACPは短く、圧力が低いのではりつきにくい。一方.22LRは細長く、比較的圧力が高い(ものもある)のではりつきやすい、ということだろう。ちなみにマニュアルにはハイベロシティ.22LR専用と書かれている。弱装弾ではスライドストップが確実にかからないらしい。
 つまり、HK4は、.22LRではスライドの後退を助ける特殊な工夫がなされ、.380ACPではスライドの後退を妨害する特殊な工夫がなされている。これによってかろうじて使用感を極端に悪くすることなく、4種の弾薬を同一のスライドを使って発射することに成功している。そして他のメーカーは、こんな無理をするくらいなら同一シリーズ内の別の銃で充分という判断をしているわけだ。誰も真似しないということは、そっちの方が正解だと見ていいだろう。
 ちなみに、他社製品にはあまり見られないが、H&Kのハンドガンには、スライド後退時にぶつかって衝撃を吸収するバッファーが組み込まれているものが多い。HK4にもゴムのバッファーが組みこまれ、スライド後退時のショックをいくぶんやわらげている。また、HK4のグリップはPPK/Sのような左右に分かれ、グリップフレーム後部の金属部分が露出しているデザインよりリコイルショックがマイルドに感じられるワンピースであり、サイズも大きめになっている。スライド、本体とも軽量というリコイルショックが強く感じられやすい条件を、ディレードブローバック、バッファー、グリップデザインによって相殺し、結果的にPPK/Sに大きく劣らない使用感を得ているわけだ。

 

※.380ACPのチャンバーには左のようなミゾが彫ってある。ミゾには発射ガスが導入されず、薬莢は内圧でふくらんで摩擦が増大し、後退を遅らせる。.22LRのチャンバーには右のようなミゾが彫ってある。ミゾには発射ガスが導入され、薬莢は内部からだけでなく外部からも圧力を受けるため摩擦が減少し、後退しやすくなる。

HK4の普及と生産終了 
 HK4が発表されたのは1964年だが、実際に発売されたのは1968年頃のようだ。あまり知られていないが、HK4はP11ピストルの名称で西ドイツ軍でも補助的に使われた。また、.32ACP仕様の銃がドイツ国内で警察用として多数使用された。東西分割で孤立した西ベルリンの税関でも使われたが、当時西ベルリンに西ドイツ製の銃を持ちこまないという協定があって、西ドイツ製のHK4は使用できなかった。そのためフランスのMASでコピーされたHK4が使用された。
 一方1984年までに26,550挺が一般市販され主にアメリカに輸出された。初期にはハーリントン&リチャードソン社ブランドで販売された。これしか方法がなかったのかもしれないが、個人的にはこれはあまりよくなかったのではないかと思っている。現在ではH&Kといえばハイテクの一流小火器メーカーという評価が確立しているが、当時はそうではなかったはずだ。H&KとH&Rは字面が似ており、H&Rは二流メーカーだ。知識のない人はドイツのH&Rみたいな会社かな、と思ったかもしれない。見るとスライドはプレス鉄板、フレームはアルミ、グリップはプラで安っぽい。持ってみるとびっくりするくらい軽い。それにしては価格が高い。これでは人気が出にくいのも無理はないという気がする。
 ちなみに初期、HK4はコンプリートキットではなく各口径ごとに販売され、他に変換キットを購入するというのが原則だった。しかし、H&Rは二流ではあってもさすがにアメリカのメーカーだけあって国内の需要は理解していたらしく、.25ACPバージョンの販売は断った。そこでこのモデルだけはアメリカに設立した子会社によって販売されたが、案の定売れなかったようだ。その後HK4はH&Kによる直接販売となり、H&R刻印のモデルは逆にプレミア品になったりもしたらしい。また、理由はよくわからないが、交換バレルは人気がなく、初期をのぞき.380ACP仕様以外はアメリカでは流通していなかったようだ。 
 1984年、H&KはHK4の生産を公用も含め総数38,200挺で打ち切った。HK4はアメリカで人気爆発とはいかなかったものの、実力が劣っていたわけではないようだ。1983年1月号で、GUN誌ライターのターク氏がHK4はセルフディフェンス用としてPPK/S以上であるという評価を下しているし、今回検索してたどり着いたアメリカのサイトにも、SIG P230より上という専門家による評価があった。欠点の指摘は当然あるが、総合的に見てダメな銃だという評価は探した範囲には見つからない。実際ワルサーPPシリーズの人気には遠く及ばなかったにしろ、生産中止が当然というほど不人気ではなかったようだ。では何故生産されなくなったのか。
 
HK4の後継、P7K3とは
 その背景にはP7の存在がある。P7は一般的な中型オートと大差ないコンパクトさでありながら、強力な9mmパラベラムが使用できる。HK4が開発された当時は西ヨーロッパの警察用としては.32ACPで充分とされていた。しかし、テロの凶悪化によって1980年代以降は.380ACPでも威力不足とされるようになった。9mmパラベラムが使えるP7は現代の軍用、警察用としてHK4に勝っている。また、P7にはK3というバリエーションがある。これはストレートブローバックで.22LR、.32ACP、.380ACPの3種の弾薬が使えるものだ(K3はキャリバー3を意味する。ドイツ語のキャリバーは頭文字がK)。この銃はほぼHK4と競合する。この銃が発表されたのは1984年であり(発売は翌年)、HK4の生産終了と同年だ。H&Kとしては、少なくとも当時は「P7こそ新時代の理想的ハンドガンだ」という自信を持ち、強力にプッシュしたかったはずだ。それに比べれば、完全オリジナル設計ではないHK4に対する愛着は薄かったのだろう。人気がもうひとつだったことに加え、後継機種P7K3が登場したことでHK4の生産は打ち切られたのだ。
 P7K3は比較的低威力の弾薬を使用するため、ガスロックは省かれ、ストレートブローバックになっている。ガスロック用のシリンダー部は不要となるわけだ。P7は中型オートとしては重く、高価だし、さほど大きなスペースでもないから、ここはデッドスペースにしても極力シンプル、低価格、軽いものを目指すべきだったと思う。しかしH&Kの技術者はそれがどうしてもいやだったらしい。また、まともに行くべき場面でも何かしら変わったシステムを盛り込みたがる悪いくせが出たのかもしれない。ここには「油圧バッファー」という変わったものが組みこまれた。写真や図はなく、文章だけなので詳細は不明だが、油圧による衝撃吸収機構自体は火砲の駐退装置にも使われており、これを元にした想像図を下に示した。意図はわかるが、15年以上前に発売された銃に盛りこまれたシステムなのにまったく知られておらず、他メーカーが真似したという話も聞かないということはダメだったのだろう。初期には不具合(明記されていないが最も考えられるのは油もれではないか)によって銃自体の評判を落とす結果にもなったようだ。ただ、この銃は、大きくパワーの異なる3種の弾薬を、共通のリコイルスプリングを使って発射するという信じ難いことをしている。.22LRではチャンバーをフローティングとし、チャンバー自体がガス圧で後退することによってリコイルのパワーを上げている(ガバメントの.22コンバージョンでも使われている方法)が、.32ACP、.380ACPはまったく同じ作動システム、スライドとリコイルスプリングで発射している。普通はこういうことはできないはずなのだ。あるいは、「油圧バッファー」というものは、スライドが後退しきる直前に激突してショックをやわらげる当たり前のバッファーではなく、ケースがチャンバーを抜ける前から作動し始め、後退のパワーが大きく異なっても比較的均一に減速することができる特殊かつ有効なものだったのではという推測もできるが真相は不明だ。ちなみにK3には.25ACP用のバレルはない。これはやはり中型オートで.25ACPを撃ちたいという要求がないことをHK4の経験で悟ったのだろう。また、リムファイアとセンターファイアでは別のスライドを使用するようになっている。スライド一式はかなり高価であり、こうすれば「1挺の銃で」というメリットは大きく減殺されてしまう。それにもかかわらずこうしたということは、やはり小口径リムファイアと中、大口径センターファイアを同じスライドで撃つには少々無理があったことをメーカー自ら認めたということだろう。スライド自体を交換するのでHK4のようにブリーチ前面をネジを抜いて外し、裏返してまたネジ止めするという作業は不要だが、P7K3のバレルはワンタッチで交換できずねじ込みなので.22LRからセンターファイア(またはその逆)の変換の手間はトータルで同じくらいだろう。.32ACPから.380ACP(またはその逆)の変換はHK4よりはるかに手間がかかることになる。
 油圧バッファーがどのくらい響いたのかは不明だが、P7K3は非常に高価なものとなった。手元にある1997年版のアメリカの銃器カタログでは、P7K3は1000ドルとされている(ちなみにP7M8はもっと高く1141ドル)。ワルサーPPK/Sは651ドル、SIG P230は510ドルと、ヨーロッパ製一流ブランドの同クラス機種の倍近かったことがわかる(すでにHK4は掲載されていないが、末期にはP230くらいの価格帯だったようだ)。アメリカ製はAMTの.380DAOバックアップが330ドル、コルトの.380ガバメントが462ドル、シーキャンプLWS32が375ドルとはるかに安い。この当時はすでにプラスチックフレームの.380オートがいくつか登場しており、グレンデルP−12が175ドル、イントラテックCAT.380が225ドル、S&W.380シグマが308ドルと、比較にならないくらい安い。3種の弾薬が使えるのは便利といえば便利だろうが、それぞれの弾薬を使用するスタームルガーマークU(252ドル)、ベレッタM3032トムキャット(240ドル)、Cz83(409ドル)の3挺(いずれも決してジャンクではないはずだ)をすべて買ってもまだP7K3より安いのだからどうしようもない。結局P7K3は全く人気が出ず、1991年に生産終了となった(1997年版カタログに残っているのは不人気で流通在庫があったからだろうか)。その後もHK4は復活せず、以後H&Kには.380ACP以下の弾薬を使用する中型オートは存在しない。

「油圧バッファー」1 「油圧バッファー」2
 火砲の駐退装置をもとにした「油圧バッファー」の想像図。シリンダー、親ピストン、子ピストンの基本3パーツで構成されている。シリンダー内には粘度の高い油が封入されている。スライドの後退によって右から力が加わると油は小さな穴を通って親ピストン内にニュルニュルと流入する。このときの油圧抵抗でショックを柔らかく受け止める。この際に子ピストンはスプリングを圧縮しつつ右に押しやられる。スライドが前進してしまうとスプリングの力で子ピストンが復帰し、油はシリンダー内に押し戻される。スプリングの代わりにガスを使うことも考えられるし、復帰を早くするため弁を設ける必要があるかもしれない。

HK4は最高の.380ACPオートだったか
 個人的にはP7K3発売後もHK4を残してもよかったのではないかと思う。P7K3のスライドはプレスではないし、フレームはスチールなのでHK4よりはるかに重い。またP7のあまりに個性的なシステムは誰にでも受け入れられるものではない。そして構造が比較的シンプルなHK4はP7K3よりずっと安価だったからだ。
 実物を見たこともない筆者がHK4の実力を測るのはもちろん無理な話だ。しかし、入手した全ての情報から総合的に判断して、筆者はHK4は最高クラスの.380オートではあったろうが、真の意味でトップに位置する銃ではなかったろうと推測する。
 HK4は、.380ACPを使用することを前提に、ベストを尽くして作られたものではない。おそらく.32ACP使用時にベストバランスであり、他の弾薬使用時にはそれぞれいくぶんかの無理があったと思われる。.25ACPのチャンバーにはフルートを彫ったりはしていないが、たぶん.25ACPオンリーの銃ならここまで弱くはしないというくらいリコイルスプリングを弱めてあったはずだ。.最弱の25ACPと最強の.380ACPの間にはエネルギー量にしてざっと2.5倍もの開きがある。.22LRの弾頭は.380ACPの半分の重量もなく、発火方式も違えばリムの径も極端に違う。これらを単一のスライドで使用するにはかなりの妥協が必要となるはずだ。
 「AにもBにもCにもDにも使える道具」が、Aに使用するにあたって、Aだけのために作られた最高級の道具に勝る、ということはあり得なくはないものの、きわめて難しい。この意味において、HK4が.380ACPを使用するオートピストルの頂点に位置するものであったとは考えにくい。もちろんワルサーPPK/Sも.380ACP使用のためベストバランスを考えて作られたものではない。PPシリーズ自体は.32ACPの使用を前提にデザインされたものだろうし、PPK/Sという銃はアメリカの法規制をクリアするためのいわば苦肉の策として誕生した機種だ。短い銃身はリコイルが強くなりやすく、リコイルスプリングも長くとれないため.380ACP使用時にはややバランスを崩し気味と評価されている。
 .380ACPを使用する中型オートとしては、HK4まで含め、過去の銃の長所、短所をすべてふまえ、一流メーカーがデザインしたP230シリーズがベストのものである可能性が比較的強いのではないだろうか。P230シリーズはPPK/SやHK4よりややバレルが長く設定され、.380ACPよりやや強力な9mmx18(9mmポリス)仕様もあるので.380ACPは多少の余裕を持って使用できるはずだ。
 また、「原則として、いいものは真似され、生き残っていくし、残れなかったものにはそれなりの理由がある」というのが筆者の基本的な考えだ。これに基づき、いろいろの事情はあれ事実として生き残れなかった、そしてまったく、あるいはほとんど真似されることのなかった多くの特徴をもつHK4が最高のものだったという可能性は低いと思う。

H&K流設計への疑問
 ドイツの兵器は全体的にそうだが、特にH&Kの銃にはオーバーエンジニアリング、アイデア先行、理屈先行という傾向がある。P9Sは複雑化に見合うほどのメリットが生じたとは思えないオーバーエンジニアリングの典型だ。VP70はアイデア先行の典型といえる。そして筆者はP7は理屈先行の代表例ではないかと思う。
 P7はチャンバーに装填した状態で安全に携帯できる。これはダブルアクションオートと同じだ。違うのは、スクイーズコッカーを握ることで初弾がシングルアクションの軽いプル、短いストロークで撃てることだ。つまり、安全性、即応性に加え、初弾の命中精度も兼ね備えており、理屈としてはダブルアクションオートに勝っている。しかし、実際には理屈通りダブルアクションオート以上の評価は得られなかった。銃を撃つ際、中指、薬指、小指は何の操作もしていないのだから、これにスクイーズコッカーを握る操作をさせてもデメリットは生じないはずだというのは形式論理にすぎない。実際には銃を撃つ際は目標を狙ってトリガーを引くことに神経を集中するべきであって、銃を握る手の一部に余計な操作を加えれば集中力が分散してしまう。また、こうした実用銃を撃つ場合は、自分の生命が危険にさらされた緊急事態であることが多い。こうしたとき、人間は普段は充分出来ることでもできなくなってしまうものだ。例えば火災などの緊急通報の際、自分の住所すら言えなくなってしまう人は非常に多い。この問題はもちろん訓練によって改善できるが、完全に解消することは決してできない。0.1秒の差で自分の生死が決まるという場合、発射直前というタイミングに、同じ掌の中指、薬指、小指に力を入れてスクイーズコッカーをしっかり握り、人差し指には絶対に力を入れないという操作を要求するのはちょっと無理があると思う。実際警察官がP7を抜く途中で暴発させてしまった事故が発生したらしい。メーカーはP7はトリガーを引かない限り絶対暴発しない、したがってそれは使用者のミスであってメーカーに責任はないと主張するだろうし、理屈としてはその通りだが、そういうものだろうか。
 HK4にもこれに似た問題がある。HK4はHSc同様スライドストップが露出しておらず、新しいマガジンを挿入すると自動的にスライドが前進する。スライドを急いで前進させたい場合はどういうときか、ということを考えれば、これで充分だと思われるが、H&Kの技術者はこれに加えてスライドがマニュアルで前進できたらもっと便利だと考えた。これは別に間違ってはいない。これに似た課題にゆきついた技術者として、マカロフがいる。マカロフはスライドがマニュアルで前進できないPPは不便だと考え、スライドストップを単に露出させた。技術的にはまったく面白くもなんともないが、ノーマルでシンプルなやりかただ。これに対しH&Kの技術者はトリガーを引くことでスライドを前進させるという方法をとった。これによりHK4のスライドは、最終弾を撃つと後退位置で止まり、新しいマガジンを挿入すると自動的に前進し、そうでなくともトリガーを引くと前進するという複雑巧妙なものとなった。このあたりの、シンプルで実用的なソ連製と、変に複雑巧妙だがそれに見合うメリットが生じているか疑問なドイツ製という対比は第2次世界大戦の戦車などの頃から変わっていない感じがする。H&Kの技術者は、パーツ点数や外部のひっかかる突起を増やさずにマニュアルでスライドが前進できるからこれが理想的だと思ったのだろうが、筆者はこの方法は危険ではないかと思う。トリガーを引いてスライドを前進させた瞬間に暴発するから危険だというのではない。そんなことはまず考えられない。
 実銃のトリガーは、緊張感と覚悟をもって発射するとき以外は原則として引くべきではない。それがたとえドライファイアの練習であっても、それなりの緊張感をもつべきだ。そういう意味で、たいした意味もない場面でユーザーにトリガーを引く動作をさせる実銃というのはあまりよくないのではないか。さらにHK4はデコックのためにもトリガーを引くようになっている(ちなみに検索して行きついた海外のあるサイトには「装填した銃のトリガーを発射以外の目的で引かせるのは理想的安全マナーに反するし、これではいつか誰かがセーフティをかけ忘れてトリガーを引くだろう」という指摘があった)。スライドを前進するためにトリガーを引く、デコックするためにトリガーを引くという操作に慣れたユーザーは、トリガーを引くことに対する抵抗感、緊張感が低下して事故を起こしやすくならないだろうか。この場合もこれが遠因となった暴発事故が生じても、メーカーは責任を認めないだろうが、本当に問題ないだろうか。
 人間は間違いをするものだ。機械はその間違いがなるべく起こりにくいように作るべきだし、例え間違いを起こしても致命的な結果がなるべく出にくいように作るべきだと思う。例えば旅客機の操縦システムは、パイロットが正しい操作をしているうちは安全だが、ミスをしたらただちに墜落するというものでは許されない。操作系の配置、見やすさ、操作手順などからミスが起こりにくいように最大限の配慮がなされ、操作すべきではないものは自動的にロックされる、たとえミスをしても即座に警告が発せられるなど、「フェイル・セーフ」の思想が徹底している。「危険の大きい着陸時にある緊急事態が生じた際、3つ並んだボタンのうち右の2つを同時に押せば回復する可能性がある。この操作が0.1秒でも遅れれば遅れるほど回復の可能性は低下していく。ただしその際誤って左のボタンを同時に押してしまったらただちに墜落する。」という操縦システムは妥当か、そしてこういうシステムが実際に使用されて事故が発生した場合、「これはパイロットがシステムを理解していなかったために起こった初歩的な操縦ミスである」と結論づけて終わりにすることは妥当か、という問題だ。また、巡航中に操作したら即墜落につながるレバーを、地上で日常的に操作するレバーと兼用にしておくシステムは妥当か、という問題だ。航空機の操縦システムと銃を同列で比較することに無理はあるだろうが、理想的な安全システムというものに対する基本的な考えかたは共通であるはずだ。その意味で一刻を争う緊急事態において人差し指を除く指に強く握る操作をさせる銃や、日常的に気軽にトリガーを引く操作をさせる銃は間違いを誘発しやすい銃ではないかという気がする。P7には他にはないメリットが確実にあるし、兵器というものは戦闘力を高めるために安全性に妥協することがある。だからプロ中のプロが使う特殊兵器としてP7が存在してもいいと思う。しかしH&Kは錬度の低い兵も当然に使う米軍サイドアームトライアルにP7で参加したこと、USP登場までかなり長い期間P7が同社の主要な(ほとんど唯一の)ミリタリー・ポリス用ピストルであったこと、民間用セルフディフェンスにも使われる中型オートとしてP7K3のみを残し、HK4を絶版としたことなどから見て、P7が誰にとっても理想的な銃だと考えていたふしがある。これは無茶だと思う。P7、HK4に見られるこうした問題は人間というものが常に理屈通り正しく動くはずだと決めこんでいるH&K技術者の問題点ではあるまいか。
 また、H&Kにはアイデア以前の思いつきをそのままデザインに盛りこんで失敗した例が異常に多い気がする。詳細説明のページで指摘したように、HK4のトリガーガード中央上部はトリガー先端が干渉しないように掘り下げてある。これは生産性を落とすし、異物がはさまってトリガーが停止しやすく、またその場合排除しにくいのではないかと思う。一方メリットらしきものは見当たらない。トリガーガード中央をあと2mm下方にカーブさせてもコンパクトさには事実上ほとんど差は生じないはずだし、ハイグリップの邪魔にもならない。HK4のスライドの滑り止めは左右で位置がずれている。右利きの人が自然に指をかけると確かに人差し指と親指がやや前後するが、実際には普通のデザインの方が使いやすい気がする。VP70のフロントサイトは中央がシャドーになる非常に変わったものになっている。P9Sはどう考えてもコンシールドキャリーしてひっかからないように抜き撃ちするタイプの銃ではないと思うが、あえてハンマーが内蔵され、コッキングレバーでコックするようになっている。どうしてハンマーをわずかに露出させる形ではいけないのかわからない。
 これらについてそれぞれ理屈をつけて正当性を主張することは可能だろうが、事実としてその後の銃では採用されていないのであって、失敗との評価は避け難いだろうと思われる。おもちゃならかまわないが、使用者が命を託す実用銃に思いつきのデザインを気軽に盛りこみ、ダメそうなら気軽に放棄するというのはどうかと思う。最近のH&K製品は奇異な独自システムを捨て、オーソドックスなものになりつつあるが、G36Cのコッキングハンドルはこのたぐいの思いつきそのままのデザインくさい気がする。まあこういうユニークなメーカーはマニアからすれば興味深くて嬉しい存在ではあるのだが。


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