1.7 前装銃の発展

 前装銃にはいくつかの原理的欠点が付きまとっている。銃の装填に多くの時間を必要とし、その上そのために銃を垂直に保持しなくてはならない。弾丸のセットに大きすぎる力を必要としないためには、口径より小さい弾丸が使われ、時には獣脂をしみこませたパッチにくるまれた。弾丸のバレル内へのルーズなフィットは大きな散布を生じさせた。施条されたバレルの導入が初めて決定的に向上した射撃精度を可能にした。だが、これにはライフリングによって誘導される口径より小さくない弾丸、あるいは口径より小さいもののパッチによって誘導される弾丸が必要だった。口径の大きさの弾丸、あるいはパッチにくるまれた弾丸の難儀なセットを避けて通るため、いろいろな方法が開発された。Delvigne(1826年)の提案は、口径より小さい弾丸をノーマルに装填した後、閉塞のために装填棒で狭い薬室の縁の上で強く突いてつぶすというものだった。これにより弾丸の横断面積はライフリングを埋めるまで拡大した。

(頑住吉注:図はないんですがこんな感じでしょう。火薬チャンバーはバレルより狭くなっており、この上縁に弾丸が載り、これを銃口から入れた長い棒でつぶして広げるわけです。ちなみに弾丸が球だったかどうかは分かりません。)

 Thouvenin(1840年)は弾丸をピンの上で強く突いてつぶした。このピンは尾ネジ内にはめこまれ、火薬袋を通ってバレル後端中央から突き出ていた。(頑住吉注:これも図がないので推測ですが、



こんな感じだと思います。上の方法だと弾丸が狭い火薬チャンバーに入っていこうとしてしまうので、底部中央からピンが突き出たバレルに袋入りの火薬を入れてから弾丸を入れてつぶすと、まずピンが袋を貫通し、ピンの先端が支えになって弾丸がうまくつぶれるわけでしょう。別に袋は必要ない気もしますが、短時間で一定量の火薬を入れる工夫だったのかも知れません)

 弾丸をバレルの横断面積を満たすまでに広げるための他の可能性は火薬ガスが提供した(拡張による誘導)。このために底部がホローとなった弾丸が作られた。まず初めにはこの中に鉄の薄板から打ち抜かれた浅い鉢(Culots)が入れられた。この方式の最も有名な弾丸はおそらくミニエー弾である(フランスの大尉Minieによる。1849年 頑住吉注:最後の「e」の上には「´」がついてますが、フランス語については全然分からないので名前もルールも分かりません)。これは図1-17で表現している。浅い鉢は不必要であり、弾丸直径を広げるためには弾丸底部にダイレクトに作用するガス圧で充分であることがすぐに確認された。
(頑住吉注:図1-17の代わりに以前イベントで買ったミニエー弾のレプリカを紹介します。

右は.380ACPで、このミニエー弾の全長と弾薬全体の長さが同じくらいです。直径は約15mm、全長は約25mmです。

後部はこんな風にホローになっています)

 銃としては、当時の軍で普通だった前装銃(17〜18mm)より小さな口径のものが使われた。この結果より長い弾丸(口径の約3倍の長さ)が使用できた。これは17〜18mmの「ノーマル口径」では耐え難いリコイルショックのため不可能だったものである。

 こうした長い弾丸は、加速時にその慣性のためにバレル内の火薬ガスによって後端を、横断面積を満たすまでに広げられた(頑住吉注:「慣性のため」というのは、弾丸がその場に留まろうと抵抗するからガス圧による拡張が起こる、という意味でしょう)。

 19世紀前半において、施条された前装銃の全般的発展とならんで、ある新しい時代の始まりが訪れた。すなわち後装銃の大躍進が始まったのである。


 この項目は簡単な内容でした。前装銃の弾丸をライフリングで誘導するためにさまざまな試みが行われたわけですが、当然後装銃には及ばないものでした。次回は後装銃の発達について語られます。








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